井草八幡宮 井草民族資料館は、地域に密着したアットホームな資料館

ツツジ

井草八幡宮(東京都杉並区善福寺1丁目33-1)の境内にある井草民俗資料館に今年5月に行ったので、紹介したいと思います。

源頼朝も祈願した「井草八幡宮」

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井草民族資料館

井草民族資料館

北参道(北側の鳥居)や幼稚園、神職の方がお住まいの社務所エリアに近い、境内の最も北西の端に「民俗資料館」があります。

井草民俗資料館は、井草八幡宮の氏子地域や近隣の旧家から集められた郷土の歴史・民俗資料を保護し、後世に伝えるために昭和40年(1965年)に開館した資料館です。

館内には江戸時代から昭和初期にかけて、実際に武蔵野の地で人々が使い、汗と匂いがしみ込んだ貴重な日常生活用品や農具などが約600点あまり収蔵・展示されており、そのうち約400点が東京都の有形民俗文化財に指定されています。

開館時間 午前10時 〜 午後3時
開館日 4月・5月・6月・7月・9月・11月・12月:第1日曜日のみ開館 8月:第4日曜日のみ開館 10月:別棟にて企画展を開催

(開館の日時が決まっているので、上記を参考にして下さい)

当日、井草八幡宮に行くと夜半の風で開館しなと張り出されていたが、授与所に行って聞くと入館出来るようになったということで、入館料300円を支払い靴を脱いでスリッパに履き替え入館しました。

井草民俗資料館は、奥行きが約15〜20メートル、横幅が数メートルほどのワンルーム仕様のコンパクトな平屋建ての施設です。

学校の教室を少し縦長にしたような、小規模な蔵や倉庫を思わせる見渡しのよいサイズ感の建物となっています。

館内は、昔の暮らしを再現した「上がり框(かまち)」や土間・台所のスペースが設けられており、その奥に向かって一本の通路がまっすぐ伸び左右に大型の農具や機織り機、生活関連の展示棚が並びます。

大きな博物館のようにいくつもの部屋に分かれているわけではなくコンパクトな一棟の空間の中に、東京都の有形民俗文化財を含む貴重な生活道具が展示

隅々までじっくり見学しても15分~30分ほどで気軽に回りきることが出来る地域に密着したアットホームな規模感の資料館です。

館内は、写真撮影が禁止だったので、以下は、メモ書きした展示品です。

1. 武蔵野の農村風景が浮かぶ「土間・生業の道具」

かつて純農村地帯だったこの地域の暮らしを支えた農具達がありました。

大きな穀物容器である「千石(せんごく)」や米俵関連の道具、臼や杵、ふるい、籠などが並び、
中でも田んぼに水を組み上げるために人が足で踏んで回したという「水車(踏車)」が、当時の写真とともに展示されており、過酷だったであろう昔の農作業の様子が思い浮かびます。

また、台所エリアには蒸篭(せいろ)や古い蛇口、七輪鍋などが並び、当時の食卓の様子が伺えます。

2. 自給自足のシンボル「伝統的な織物技術」

衣類や資材を自分たちの手で作っていた時代を象徴するのが、藁を編んで筵(むしろ)を作る「筵織機(むしろおりき)」や大きな「機織り機(はたおりき)」。

機械の木の質感からは、職人や家族の手仕事の温もりが伝わってくるようです。

3. 明治の子供達「学校・教育・遊び」

子供達の暮らしにスポットを当てたコーナーがあります。

明治初期の小学校で使われていたとされるコンパクトなオルガンや琵琶、そして現代のものよりも一回り小さい「昔のランドセル」が展示

さらに、独楽(こま)やメンコ、凧といった懐かしい玩具も並びます。

4. 地域の「産業と信仰」

明治31年に奉納された「繭奉納額(まゆほうのうがく)」は、この地域の歴史を知る上で欠かせない貴重な資料です。

当時の主要産業であった養蚕の歴史を物語る繭の種類と奉納者の名前が克明に刻まれて、地域の人々の信仰の深さを伝えています。

5. 江戸から明治へ。街を守った「社会・町火消・交通」

さらに、暮らしの安全や移動を支えたユニークな展示も

治安を守った「十手」や「提灯箱」、暖をとるための「足先行火(あんか)」、そして江戸時代の消防ポンプである「龍吐水(りゅうどすい)」や、かつて人を乗せて運んだ「辻篭(つじかご)」などの歴史的資料が並びます。

観覧者は、開館中止の貼り紙があったので、(貼り紙を見て帰った方もいたであろう)私と夫とのほかに2.3組程度しかいなかったのでゆったり見ることが出来ました。

館内には、宮司さんがいたので、ほかのグループの方は色々と質問をしていました。

私達も少し話を聞くことが出来、展示品は、ほとんど近隣の地域の方が寄贈してくれたものだそうですが、寄贈品が多く展示スペースも限られるので区の博物館に移したそうです。

井草民俗資料館の見学で、それまで案外知ることのなかった井草八幡宮周辺の人々の衣食住、生業、信仰、そして年中行事に関わる風俗習慣に触れることが出来ました。

館内に展示された衣服や器具、家屋にまつわる様々な郷土品を通して、江戸時代から昭和初期にかけての地域の歴史や、当時の庶民の生活を垣間見れる品々は、やはり貴重なのでこのまま残されるといいですね。

バックヤードに眠るお宝?

資料館のある敷地内に倉庫があり、ガラス張りで中が見えたので帰りに写真を撮りました。

大壺・大甕

手前は、水、梅干し、味噌、穀物などを貯蔵・保管するための大壺・大甕

井草民族資料館 消防ポンプ

「井組消防組」と朱色で書かれた大きな箱型の道具は、解説に「水鉄砲」とあるように、江戸時代から明治時代にかけて使われた木製の消防ポンプ(通称:龍吐水)です。

その手前や横には、消火水を送るための蛇腹状の太いホースや、水を溜めるための木桶が一緒に保管。手前は、背負い籠や桶です。

本館のコンパクトな生活雑貨も魅力的ですが、外の倉庫に眠る原型を留めたまま一式が保存された消防ポンプなどの大型のインフラ類は、案外、単体で大きく扱われてもおかしくない貴重なものではないかと思いました。(機会があったら聞いてみたいですね)

清めの不動

清めの不動

民俗資料館入口左側に石像がありました。

説明書きは、なかったのですが二体安置されている石像の不動様は「清めの不動」です。

二体の不動尊は、元下井草村川北大山講中の人達が俗称赤砂利(あかちゃり・下井草4-24)の田んぼの川の蛙にお祀りしたもので、大山に参詣するときに川で水ごりをとり道中の安全を祈って出発するのを恒例にしていました。

また、天の年には村中の人々がこの不動尊の前に集まり雨乞いをして庶民の信仰を物語るに貴重なもので、現地に保存するのが難しくなりここに移した。

不動様に年銘が彫っていないのでいつ建てられたか分からない。昔から下井草の森田氏(下井草2-38)クヌギ林の台地に建ててあったと父から聞いた。妙正寺川の源流がその前で小さな池のように淀んで流れ川岸の崖は関東ローム層の赤土の上に不動様が立っているように見えた。赤土が訛って「赤ちゃり」になり「赤ちゃりの不動」と呼ばれ、川で大山参りの人が水ごりを取るので「赤ちゃりのこりとり不動」とも呼ばれていた。区画整理で台地は崩され橋の辺りに移転したが子どもが川に落とすとう悪さをするので井草八幡様に保存をお願いした。(関連個所を抜粋しまとめました)

『杉並区史探訪』森泰樹 杉並郷土史会より

由来、来歴を知れば面白いので、案内板あるといいです。

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2017年現在57才 50代になって体に色々な変化が起きました。 アレルギー、腰痛、変形性膝関節症、脂漏性皮膚炎、手湿疹、眼精疲労、胃腸の不快感、開帳足等々一気に吹き出しました。 このほかに病気以前、未病のものもあるので 自分の体を見つめ直した生活を考えています。 健康、医療、病気、楽しいことも含めた日常生活を綴っていきたいと思います。 認定医療コーディネーター、ホームヘルパー びわの葉療法インストラクターの資格保有