二人のがん患者の気持ち
最近、がん患者やがん患者を看取ったご家族の話を聞く機会がありました。
当人から直接聞くがん体験談は、臨場感があり貴重なものでした。
がん患者のAさん(50代女性)は、肺腺がんのステージⅣを患っていますが、とても前向きな方で病気に客観的に向き合いご自分で、研究しながら積極的な闘病生活を送っています。
お話を伺っていると旺盛な意欲でご自分の病気に関する知識に長け、治療に挑む姿は正にバリバリのがん患者と言ったところです。
抗がん剤などの標準治療、免疫療法を経て現在、専門病院で動脈カテーテル治療をしています。
また、情報ジャーナリストの故金子哲雄さんの奥様の金子稚子さんのお話も印象的でした。
金子哲雄さんは、死期を意識し『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』という本を書かれ、自分の葬式をプロデュースしました。
金子さんは、肺カルチノイドで2012年に亡くなっていますが、がんをテレビで公表していませんでした。
テレビのコメンテーターをしているときにたまたま見たのですが、司会者が急に瘦せた金子さんに痩せた理由を聞くと「ダイエット」をしたと答えていました。
ニコニコして答えていらしたので、スリムになったのが嬉しかったのかと思っていたのですが実際は、このときがん末期で痩せてしまっていたのでした。
「普通の生活をしたい」がん患者
前向きな治療に取り組むAさんやがんを公表しなかった金子哲雄さんに共通しているのは、がんになっても、普通に生活がしたいということです。
がん患者として色眼鏡で見られたり、特別扱いをして欲しくないということでした。
それが、生前金子哲雄さんがテレビで公表しなかった理由でした。
がん患者として同情的に見られることなく、今までのように普通に接して欲しかったのですね。
闘病に意欲的なAさんも、がん患者に対する社会的偏見や差別、家族に掛ける迷惑や負担、友人関係の変化が病気の不安に加えてストレスになったとおしゃっていました。
何よりも一番怖かったことは、社会から疎外さることだと金子哲雄さんは言っていたそうです。
「孤独が、何よりも辛い」だから、死の直前まで仕事していたのもそのためでした。
がん患者から学んだこと
実家の父は、胃がんと大腸がん、母は、乳がんを経験しています。
両親は初期のがんで、当時岩手に住んでいた私と離れて暮らしていました。
母は退院し、家に帰るとすぐに家事をしなくてはならず、日常生活に戻りました
。私は、東京の実家に帰り母の代わりに家事をしようか悩んでいたのですが、娘に心配を掛け、気を使わせない配慮だったのかもしれませんが、母の「大丈夫だから」という言葉に甘えて行きませんでした。
このことに、少し後悔もありました。
でも、そのときはそれでよかったのかもしれません。母は、病気になる前からやっていた早朝の体操や趣味のカラオケもその後、再開しました。
術後、すぐに体力も戻り病状が穏やかであったから出来たのかもしれません。
今は、病状が安定していれば仕事もし、趣味も日常生活も楽しんでいるがん患者も多いです。身近にがん患者がいても、普通に接することが一番なのかと思いました。