エロイカより愛をこめて
私がティ-ンの頃からの愛読本コミック『エロイカより愛をこめて』(青池保子著・秋田書店)を久しぶりに読みたくなり、全39巻とスピンオフ『魔弾の射手』『Z完全版』を買い揃えました。
『エロイカより愛をこめて』(以下、エロイカ)は、初版発行が1976年から2012年まで途中、休載を挟んで36年間と長期連載した漫画です。
約40年ぶりに、読み直すと若い頃に感じたことと違うなあと思ったことが結構あります。
特に私自身大人になって多少、社会で揉まれた分、印象が変ったのが登場する人物達です。
東西冷戦後の20巻からは、今回、初読みになりその感想も含めて、「登場人物」を中心に感想などを書いてみました。
エーベルバッハ少佐
性格が悪い?
私にとってエロイカといえば、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐というくらい、10代の頃は、「少佐」に夢中でした。
当時、少佐は、自分の生活圏内にはいない雲の上の存在で、大人の男性の色気と魅力を持っているけど絵がヘタで、眠るときに「メリーさん羊」を口ずさむなど可愛いところもある人だなあと思っていました。
今、読んでも成人男子の色気と魅力は変わりませんが、有能な男の恰好よさの中にときおり見せる少年っぽさも随所にあると思いました。
特に好敵手仔熊のミーシャと対峙するときは、ガキ大将同志の喧嘩みたいで負けず嫌いな少佐は、「やんちゃ坊主」そのもので意地を張って譲りません。
そんな少佐には、「成熟」した部分に「未熟」な部分もかなり同居しているのかと思いました。
後半は、かなり丸くなりましたが、世界を股にかけて活躍する少佐は、ハードでストイック、任務は、きちんとこなす有能さと律儀さで自分を律しているもそんな硬派な価値観や行動規範は譲らないというか、自分の価値観に合わないものに対しては排他的で一刀両断です。
伯爵しかり、ロレンス、部長、例えば、すぐにコミュニケーションと称して茶飲みしたがる(サボりたがる)現地駐在のトルコ人、イタリア人、時間にルーズなギリシャ人などステレオタイプな異国人には、好意を持てないというのがあります。
(FBIも「ヤンキー」って嫌っていましたね)
そして、短気で口が悪い暴力男で、女性やセクシュアリティを見下す偏見もあります。
ただ、少佐自身あまりにも生真面目で、潔癖症な性格の上、皮肉を含んだもの言いで他の人には迷惑がられるけれど自分では気づかない思考の特殊性や人格が可笑しさを誘うので、そいういった少佐のパーソナリティの側面は、なくてはならないかと思いました。
まあ、少佐を完全無欠な「スーパーヒーロー」にしてしまえば、少佐をいじれる部分がなくなってエロイカの魅力が半減します。
少佐とは対照的な伯爵と絡ませるためにも、極端な性格にしなくては特有の「ギャグ」も生まれませんからね。
出世しないのは
少佐は、「万年少佐」と陰口を叩かれて出世しないのは、上司から見ても使いにくく敬遠されるだと納得しました。
ロレンスみたいに少佐にばかりか伯爵にも懐くような八方美人なお調子者の方が、実は、上司に重宝されるし出世するのかと思いました。
部長の「優秀すぎる部下を持つと苦労する」の言葉のように少佐の抜群のリーダーシップと任務を確実にこなす能力は、誰もが認めるのだけど何よりも性格が、「組織人」として向いていないのかと思います。
でも、少佐って、案外、オジサマ達から好かれているし、怖がられつつもいざというときに頼りになる上司として部下からも慕われていて敵も多いけど、ファンも多いです。
何よりも『Z』で、見せた人間的な懐の深さが印象的です。
一見、冷徹でも命懸けで部下を助け、厳しくも温かく部下を見守り導いていく上司ぷりは素晴らしくここでは、出世と能力はあまり関係ないのかと思いました。
ハイスペックで
高身長、イケメン、貴族の出身で、若くしてNATOの高級将校という「ハイスペック」なのに頭脳明晰で、抜群の運動神経と強靭な肉体の持っているなんて若い頃は、ひたすら恰好いいと思っていました。
ただ、(芸術以外)博識で数ヶ国語を操り、マグナムを片手で撃つ射撃の名手の加え、「陸軍」出身なのにミグやハリアーなどの戦闘機に旅客機、船舶まで操縦出来るのは少佐が、ずっと「文武両道」で奮励努力を続けてきたからで、最初から出来上がった万能選手ではなかったと思います。
加えて少佐の魅力は、少佐も部下Z(ツェット)のように命の危険にさらされたり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるような精神的にも肉体的にも傷つくような厳しい任務の経験があっただろうが、ローデのように愚痴ったり一切、自慢しないところです。
少佐は、難攻不落な硬派で肉体派であるのだけど、「筋肉バカ」だけではない知性と品格も併せ持ちそこは、貴族の出という育った環境が影響しているだと思いました。
細かいところでは、少佐がハイジャック機の操縦桿を握って「タッチ・アンド・ゴー」する前に外交官(伯爵)のみにチカチカとベルト着用の合図する律儀さなど、やはり優しいなあと思いました。
それだけに残念だったのが、少佐のお父様も認める「薄情」な部分で、あれだけ手際のよい仕事ぶりで少佐を助けてくれたペケル兄弟のペルシャ絨毯を部下や伯爵、ミーシャに押し付けて自分では買わなかったことです。
誰にも内緒で、実は購入していたとかだったら、もっと少佐に惚れたのになあと思います。
(しかし、NATOの給料じゃ高すぎて買えないか)
失敗も多い
「鉄のクラウス」と恐れられ、指揮官として知将ぶりを発揮する少佐も、泥酔して、伯爵に「ルビヤンカ・レポート」を渡したり、あまりにも目立つなりをして尾行がバレバレだったり、KGBに捕獲されてソ連原潜に乗せられたり、イランで違う宝剣を持ち出したりと完璧に任務をこなしている訳ではなく結構、失敗もしています。
ただでさえ体格のいいゲルマン民族の中でも頭一つ出るような少佐が場違いな背広姿でリゾートホテルに潜入してたら、悪目立ちするのにこんな「初動ミス」をしても部下の誰もが少佐に対してどうこう言わないで付いてくるのは、少佐が自分の失敗は自分できっちり取り返すガッツの持ち主だからだろうと思います。
冷戦後の骨太で逞しくなり、顔がさらに馬面の「おじさん」になってしまった少佐を若い頃だったら受け入れられなかたかもしれませんが、円熟味と人間味が増してきた少佐は、嫌いではないです。
以前の少佐は伯爵に絡まれるとすぐ逆上してたけど、今は上手く受け流したりするようになりそのうち少佐が、今までの自分の価値観をかなぐり捨てて、歩み寄っていくのではないかとさえ思ってしまいました。
ちょっぴり寂しいけれど、自分も年を取ったように少佐も少し年を取ったのだと思いました。
今も変わらず、少佐の好きなシーン
でも、少佐は今でも大好きでたまらないので少佐の好きなシーンを書きました。
暴走列車の屋根から鉄橋に仕掛けた時限爆弾の時限装置だけを標的にしてカラシニコフで破壊するシーン(このとき、少佐の腰を真顔で支える伯爵に笑えた)で、こんな荒業をやってのけたのに淡々としている少佐が素敵。
部下ℤ(ツェット)救出に戦闘機ハリーアーから降り立って、ℤの無事を確認したときの何とも言えない憂いを含んだような表情。
このときのℤが乗せられた戦闘機ジャギュアは、海に墜落(不時着)してℤ達は、パラシュートで脱出するも少佐が、小さな無人島に着陸が出来たのは、「垂直離着陸」が出来るハリアーだからこそで芸が細かい。
伯爵じゃないけど中佐になった少佐の黒髪おかっぱストレートを凛々しく一本締めしている太いうなじ(ほつれ毛もあったりして。ベレー帽もよし)や素肌を滅多に見せない少佐が、ハマム(トルコ式サウナ)の中に入って行ったときのちょっと武骨な生足が脳裏に焼き付いている。
「手負い」の少佐は、どれもぞくぞくするが、特にミーシャの愛弟子「明けがらす」にも攻められた弱点のアゴにミーシャの右アッパーをくらってのけぞってるシーンは、不謹慎だけど色っぽい。
スペインの片田舎の飲み屋で、酔っ払ったミーシャと少佐がグダグタの殴り合いをして「あいつを、あいつをつかめ~ろ」と舌廻らなくなった少佐のセリフが可愛い。
と止まらなくなりそうなので、この辺で。
伯爵
改めて読んで評価が変わったのが、伯爵です。
昔は、節操がない伯爵があまり好きではありませんでしたが、実は、少佐よりも大人だったのだあなと今では好感が持てます。
人間的には意外とまともで、何よりも「許容力」と大らかさがあります。
何ていったって、あのジェームズ君を見捨てたりしないところは伯爵の懐の深さを感じますね。
少佐の邪気さに比べて、柔らかな物腰と爛漫さ、加えて愛嬌もあるので泥棒だけど、憎めないです。
伯爵は、ゲイだけどホストなんかやったら「№1」になるのではないでしょうか。
少佐は、伯爵のことをいつもボロクソにこき下ろしているけれど伯爵にはかなり、助けられています。
東西両首相の間に置かれたプラスチック爆弾の花瓶を華々しく取ったり、サウナや闘牛場で、少佐を助けたり、木の上からの名指揮官ぶり等少佐のように組織に縛られないからこそ可能な伯爵のアシストは、泥棒としてもさることながら少佐としてもその能力を認めざる得ないと思います。
(ミーシャに狙われた少佐の命を何度、救ったことか)
特に「皇帝円舞曲」の国境の橋のシーンでの活躍では、体を張って少佐のためにマイクロフィルムを取り返した伯爵を健気で見た目と違って「男前」って思わず見直してしまいました。
この橋の上で劇的サヨナラ満塁ホームランを放った伯爵に対して、「ついでに肩を貸してやるぞ」と伯爵に肩を貸した少佐もいかにも少佐らしい愛情表現でよかったです。
心では認めつつも素直になれない不器用な少佐に対して、死(トロイの木馬の時限装置が0秒になったとき)の瀬戸際で「少佐、愛しているよ」と本人を目の前にして、素直に表現するところなど羨ましい伯爵です。
少佐には、体力的には負けるけるし少佐に主役の座を奪われてしまったけれど精神的には、伯爵の方が、一枚上手なのかと思います。
晩年は、伯爵も少佐もお互いのエリアに土足で踏み込まないように程よい距離を取り合っているように見え、いい意味で二人とも年を取ったのかと思いました。
昔のアブナイ雰囲気も消えてどんどんとコミカルになり、挙句の果てには「おばさん」化してきた伯爵ですが、あまり枯れないで伯爵独自のプライドの高さとロマンだけは、失わないで欲しいです。
ミーシャ
少佐と同様、生き方や仕事に対しての姿勢がぶれてないが、好敵手「仔熊のミーシャ」です。
若い頃は、見た目からしてもミーシャが怖かったですが、サングラスを外すと善良な顔しているのが分かり親近感を抱きました。
今は、怖いだけでなく死ぬことさえを受け止めて任務に励むという「達観」した生き方など少佐と同じで類を呼び、こういうミーシャだからこそ、唯一無二、少佐の最大のライバルになり得たのだと実感しました。
でも、冷戦後の話を読むとNATO「鉄のクラウス」対KGB「仔熊のミーシャ」の死闘を繰り広げるほどだった敵対関係が微妙に変化してしまい、東西冷戦という緊張感の中だからこそ生きる「ギャグ」が精細さを欠いてしまったように感じました。
以前のような緊迫感は、もう望めないのが残念で、やはり、ミーシャは、憎らしくなるほどの「悪役」の方がよかったし、手強い敵がいてこそ少佐も生き生きとして恰好いいのだと思いました。
40年ぶりに『エロイカより愛をこめて』を再読したら、少佐や伯爵の印象が違っていたNO2