(「落合の小川」1922年 鈴木良三)
SOMPO美術館の開館50周年記念展覧会「モダンアートの街・新宿」に行きました。
実は、アートの地「落合」
「モダンアートの街・新宿」?というと無意識に「駅前の高層ビルやアルタ周辺だろう」と思い込んでいる私がいて、もちろん駅や周辺の絵もあるが会場に行って裏切られました。
アンコンシャス・バイアスによって 「新宿=駅周辺」と同じように「モダンアート」と聞くと、ニューヨークやパリ、あるいは現代のデジタルアートを想像しがち
でも、大正・昭和初期に描かれた「落合」の絵が多く、実家がその周辺にあったので馴染み深い地名で
(「新宿=繁華街」ではない新宿もいい)
アートの歴史的にも新宿区の北西部に位置する落合(下落合・中落合周辺)は、大正末期から昭和初期にかけて多くの芸術家が移り住み「落合文士村」や「アビラ村(芸術村)」と呼ばれるコミュニティが形成され、実は、「落合」エリアは日本におけるモダンアートの揺籃(ようらん)の地だったのだと、近隣に住んでいたので誇らしい気分になりました。
落合は、日本のモダンアートや前衛美術運動の先駆けとなった佐伯祐三や中村彜(つね)、前衛芸術集団「マヴォ」などもこの地を拠点に活動していて佐伯祐三は、こんな落合の風景を描いています。

左「下落合風景」1926年頃 右「雪景色」1927年佐伯祐三
パリから一時帰国の佐伯祐三が、下落合の風景を描いた約30点の連作のうちの2点で宅地が造成され家が建ち始めた頃であろうか
下落合は、目白台地に位置し神田川に向かって多くの坂が点在しそれぞれその坂を上から描いた絵と坂の下から見上げた情景です。
右の雪が溶けた風景は、極端に勾配が大きく坂道が壁のように見え、厚塗りの白い壁のような描き方はユトリロを連想させユトリロが描いたモンマルトルの冬景色とも共通する情緒があります・
(パリの空気感を落合に持ち込んだ佐伯ならではの魔法かな)
絵は、心の描写?生い立ちの物語性だけではない魅力もある「ユトリロ展」
佐伯祐三が、こういう絵を描くようになったのは、1924年にパリでヴラマンクにカツを入れられてからだろうか「アカデミックになるな(型にはまるな)」と
ヴラマンクに一喝された後の震えるような線と厚塗りの質感が日本の、しかも馴染みのある坂道に宿っていると思うと胸熱です。

下落合風景(テニス)1926年 佐伯祐三
牧歌的であり近代的(目白文化村は、当時としては珍しいテニスコートや赤い屋根の西洋館が並ぶモダンなエリア)な風景
こういう絵を見ると周辺をカメラ片手に歩き「かつての風景と今」を繋いでみたいし、中落合の「佐伯祐三アトリエ記念館」も訪ねたいです。

「下落合風景」1925年 松下春雄
落合は、今でこそ住宅が密集している地域ですが、これらの絵を見る限り自然豊かな武蔵野の面影を残す高台という感じで東京の郊外といった方がしっくりきます。
このように落合を描いた絵は洗練された中心街よりも、古くからの農村風景と新しく建ち並ぶ洋館や電柱が混在する変化の途上にある剥き出しの風景だったりして、変化の真っ只中にあるカオスに惹かれます。

「N駅近く」1940年 松本竣介
松本竣介も「綜合工房」というアトリエを下落合に構えていて、西武新宿線の中井駅を描いた(とされる)「N駅近く」は、建物や人を切り貼りした幻想的な絵だけど今の中井駅とは全く結びつかない
落合は、松本竣介のこのような強烈な個性を持つ作品に圧倒される「アートの毒」に当てられる場所でもあります。
落合、下落合、中井辺りは、新宿でも中心街から外れたちょっとした辺境の地で、武蔵野の雑木林や起伏のある地形が武蔵野の面影を残していて、それが「光のよさ」や「新しいライフスタイル」というようにモダンな感性を持つ画家たちを惹きつけたのでしょう。
新宿
「落合」のことばかり書いたが、やはり本家「新宿」を描いた絵も沢山ありました。

「画集 新宿 第一図 ほていや六階から新宿三越むさしの」1930年 織田一磨
展覧会会場のSOMPO美術館のある場所も誰もが思い浮ぶ新宿の象徴的なエリアで、そこから近い新宿駅東口の三越界隈を描いた「画集 新宿 第一図 ほていや六階から新宿三越むさしの」
こちらは、新宿駅構内

「新宿駅」木村荘八 1935年
関東大震災後に完成した10年後の新宿駅の駅舎でまだその頃は、和装も洋装の人がいたのですね
巨大ターミナル駅に賑わいに窓からの低い光がスポットライトのように差し、震災からの復興、その後の大戦への道のりを考えると「明」と「暗」が混在しているように見えてしまいます。
入口の「立てる像」(松本竣介)のポスター
松本竣介自身の自画像で、高田馬場周辺(目白変電所付近)の殺風景な街頭に立つ姿ですが、令和目線で見ても都会的な憂いとスタイリッシュな佇まい、古着などをミックスしたような「抜け感」のある着こなしでナイスなCity Boy!
そうそう新宿を語る上でこの時代最後に忘れてはならないのは、ランドマーク的な存在「中村屋」である。
そう、カレーやクリームパン、中華まん、月餅のあの中村屋
実は、食のイメージが強い中村屋は、 芸術や文化を愛した創業者の相馬夫妻が、若い芸術家達を物心両面で支え新進芸術家や知識人が集まる文化サロンのような場所だったのです。

「カルピスの包み紙のある生物」1923年 中村彝
(病床に伏せった中村彝が、落合のアトリエで描いた「カルピスの包み紙のある生物」 テーブルクロスに使ったカルピスの水玉模様の包み紙がいいですね)
荻原守衛(碌山)、中村彝らサロンに出入りしていた作家の作品を見ると中村屋は、胃袋を満たすだけではなく芸術欲を刺激する場所
「単なるカレー屋」ではないではないメセナの先駆けとして見直しました。
総じて、今回の展覧会では、「新宿=駅周辺」というイメージを覆しこの街の奥深い芸術的な歴史を再発見出来ました。
しぼり菜リズム(まとめ)

新宿センタービルのディスプレイ
SOMPO美術館の開館50周年記念展覧会「モダンアートの街・新宿」に行きました。
「モダンアートの街・新宿」というと「新宿=駅周辺」と思い込んでいたが、大正・昭和初期に描かれた私にもなじみ深い「落合」の絵が多かったのが予想を裏切りました。
佐伯祐三らが落合を描いた絵は洗練された中心街よりも変化の途上にある剥き出しの風景で、そのカオスに惹かれます。
そして、落合は、松本竣介のような強烈な個性を持つ作品に圧倒される「アートの毒」に当てられる場所でもあります。
落合だけではなく新宿らしい絵も多くあり、中でも新宿のランドマークである中村屋のサロンの芸術家の作品を見て「中村屋」が食だけでなくメセナの先駆けとして見直しました。
■開館50周年記念展覧会「モダンアートの街・新宿」
- SOMPO美術館
- 2026年1月10(土)~ 2月15(日)







