可愛らしいお爺ちゃん
「ミロ展」(東京都美術館)に行きました。
日本でも人気があるジュアン・ミロ(1893~1983年)の作品は、展覧会で紹介される頻度も高く何度もお目に掛っていますが、ミロ単独のこのような大回顧展は今回が初めてです。
ミロ本人のイメージは、昔見た大阪万博「Expo’70」でミロが来日して、会場のガスパビリオンのスロープの側面にミロが突然に絵を描き出した動画で、年齢と6歳児の落書きのような絵とのギャップで随分と無邪気で可愛らしいお爺ちゃんだなあという印象でした。
後になってミロの絵を見る機会が何度かあり、ミロの絵は楽しそうなノリとリズムがある可愛いい絵、愛嬌もある絵も多く私の中でミロは、「(可愛らしい絵を描く)お爺ちゃん」から「可愛らしいお爺ちゃん」になっていったのです。
ミロ展

「ヤシの木のある家」1918年
「ヤシの木のある家」は、表現が簡略化される前の初期の作品で、こんなミロの緻密な絵は初めて見ました。
マティス同様、初期の絵は情報量が多かったり写実的な絵だったりして、画面全体を細密に描き込んだ表現は、後年の作とは大きく異なります。
初期の頃は、あんなに絵が上手かったのに?!「色彩の魔術師」マティス
ただ、別人が描いた絵のようだけど遠近感のない家屋や畑に比べて石など細密に描かれていたり土の茶色と空の青の色彩が、未来のミロへと続く予感がするものです。
画業が70年にも及び、様々に作風を変化させたミロだから初期から晩年までの各時代によって変わる作品を目の当たりにするのは、ミロの人生を追体験するようで臨場感があります。

「オランダの室内Ⅰ」1928年
「オランダの室内Ⅰ」は、ヘンドリク・ウルフの「リュートを弾く人」を元にした絵です。
近くにパネルで掲示されたオリジナルの絵は窓のある室内でリュートを演奏する男性とそれを聴く女性を写実的に描いた絵だが、大胆にデフォルメして省略化しているので説明書きを読まないとそうだと分からなかったです。
陰影も遠近感もないのだが、犬が咥えた骨や猫の毛玉、鳥と新たなモチーフを加え色彩もフォルムも大胆に再構成され、リズムカルで何よりもリュートの演奏者が楽しそうに弾いている様子がよく伝わってきます。
この絵を見ているだけで陽気な音楽が聞こえて来るそうで、ミロが音楽を視覚的に見せようとしているのが伝わります。
いよいよ(可愛い絵の?)ミロらしさ発進ですね

「カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち」1940年
今回の目玉(大目玉?!)は、代表作の「星座」シリーズ23点のうち3点が出品されていることです。
戦火を逃れて描いたので、入手しやすく常に作品を持ち運び出来るようカンヴァスではなく40㎝四方の「紙」に描かれています。
シリーズの各作品は世界中に散らばり、脆弱な紙の作品ということで美術館に「星座」シリーズが3点だけでも並ぶのは稀なことです。
これを見るだけでも、今回の展覧会に行く価値はあります。
黒い壁面の独立した空間に展示され絵が夜空に浮かぶように背後から光を当てる演出で、小ぶりな画面だけど静けさと詩情に満ち実物より大きな広がりを感じさせます。
第二次世界大戦禍、フランコに異を唱えて逃亡するという厳しい状況の中、詩や音楽に触発されながら辛い現実から逃れるように描き、この絵の中だけが自身の内面を解放する場であったのであろう
夢と現実、意識と無意識の間の世界という内省的な世界だけど星、月、鳥など象徴的なモチーフが自由に浮遊し鮮やかな色彩や自由奔放な線から描くこと自体が本人の心の慰めや希望となっていたとも感じられます。
それにしても詩のような長いタイトルや作品の世界とタイトルとが一致していないのが、やっぱりミロってチャーミング!

次の展示室の明るく開放的な空間は、ポップでミロらしいです。

「女と鳥」1967年
カラフルなオブジェは、家具の一部や蛇口といった身近なものを自由に組み合わせたブロンズの彫刻を彩色したものです。
「女と鳥」の顔の部分は、「太陽の塔」の顔に似ていますね

「紳士 淑女」1969年
周りを囲む大型絵画は、晩年においてもミロの創作意欲は衰えずエネルギッシュで常に新たな表現を目指していたことが分かる作品です。
(死ぬまで進化し続けたピカソと通じるものがあります)

「 にぎやかな風景」 1970年
カオスと調和が同時に立ち上がるような…

「太陽の前の人物」1968年
日本文化に興味を持ったミロの描いた「太陽の前の人物」は、江戸時代の画僧・仙厓の「〇△□」を太陽と人物になぞられて描いた作品です。
大きな丸は太陽で、大胆だけど緻密です。
(ミロが描くと太陽も人も何故か、可愛い)

インパクトのあるこの作品は?

「焼かれたカンヴァス2」1973年
後ろに回るとこんな感じ
これは、「焼かれたカンヴァス2」という作品で、白いカンバスに勢いよく絵の具をたらしてしたたらせ、踏みつけナイフで切り刻み、ガソリンを染みこませて火をつけて制作したものです。
穏やかそうな可愛いお爺ちゃんのイメージのミロにこんな激しい面があったなんて意外でした。
絵画を投機の対象とする価値観への反発を示した作品ですが、ミロは、フランコ政権に異を唱えるような反骨精神や政治的・社会的状況への強い感受性があります。
ミロは、このように前衛ともいえる表現に挑戦し伝統的な絵画技法にあらがいながら柔軟に物事を取り入れるようなフレキシブルな頭とフットワークの軽さがあります。
そのように時代を生き抜き、常にアンテナを立てて事象を敏感にキャッチしながら時流に上手く乗り生きている間に地位と名声を手に入れるという運もいい人だったと思います。

「花火ⅠⅡ Ⅲ」1974年 部分
立て掛けたカンバスに絵の具を飛び散らせしたたり落ちる絵の具の跡に筆を入れた大きな三連画「花火Ⅰ Ⅱ Ⅲ」は墨絵のようです。
絵の具のしたたりやしぶき、筆の跡や迷いのない線の即興が生み出す表現はジャズのようであり、「焼かれたカンヴァス2」のような反骨精神を表現したものは、ロックのようでもあります。
穏やかそうだけどとても熱い人だったのですね

ミロのポスター群 右下「パルさ FCバルセロナ 75周年」1974年
晩年のミロの絵画のカラフルな色使い独創的な構図、強いメッセージ性がポスターと親和性があり制限や抑圧を受けたFCバルセロナのためにポスターを制作しています。
逆にいうとミロの絵はポスター的で、モダンな絵柄は現代でもインスタ映えするような斬新さがあります。

左下「月明かりで飛ぶ鳥」 1967年 右「ダイヤモンドで飾られた草原に眠るヒナゲシの雌しべへと舞い戻った、金色の青に包まれたヒバリの翼」 1967年
これらの絵は、意味が分からなくても伝わるんですね
一見単純な構図のように見える作品も描かれるモチーフの全てが存在感を放ち大きな画面が破綻してないです。
それだけ強い信念がある人だったと思います。
どれを見ても「ミロ」にしか見えない、「これがミロだよね!」と思わせるような鮮やかな色彩と独特な形状
同郷のピカソやマティスにしてもその画家にしか出来ない独自の路線を切り開いたのもミロで、最晩年まで新たな境地を開拓していった近代巨匠達との共通点が見出されました。
しぼり菜リズム(まとめ)

ミロの年齢と6歳児の落書きのような絵とのギャップで、ジョアン・ミロは「可愛らしいお爺ちゃん」のイメージがありました。
70年の画業を追う大回顧展では、どれを見ても「ミロ」と思わせるような鮮やかな色彩と独特な形状の可愛らしい絵がメインだが、初期の細かいところまで描き込んだ絵や反骨精神の絵を見て可愛いだけでなくミロの多様な側面が見れました。
伝統的な絵画技法にあらがいながらも前衛ともいえる表現に挑戦し、時流に乗りながら柔軟に物事を取り入れる精神とフットワークの軽さが、ミロを不動の地位に押し上げたことが分かりました。
■ミロ展
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- 会場 東京都美術館
- 日時 2025年3月1日(土)〜2025年7月6日(日