善福寺川の真中橋から北に200mほど、青梅街道沿いに「荻窪八幡神社」があります。
荻窪八幡神社
善福寺川から5分ほど歩くと南側入り口の鳥居が見えます。
境内は、約8,560㎡と杉並区内では大宮八幡宮、井草八幡宮に次ぐ広さの神社です。
境内に一歩足を踏み入れると青梅街道沿いとは思えない静かな空気に包まれます。
井草八幡宮もそうだけど境内には巨木が多く、木が騒音を和らげているように感じます。
荻窪八幡神社は、秋の例大祭に何度か行き、散歩でもよく立ち寄ります。
氏子の神輿が、例大祭で家の前を通り馴染み深い神社です。
元々は、こちらの北参道が表参道でしたが、現在は、東参道が表参道になります。
江戸時代には、北参道入口付近に松永山大泉院を置いていたそうです。
旧上荻窪村の鎮守である荻窪八幡神社の創建は、寛平年間(889~898年)といわれご祭神は、応神天皇(第15代天皇)です。
学問成就、家業隆昌、延命長寿、出世成功の守り神になります。
神社を訪れた歴史的人物は、源頼義(みなもとのよりよし)と太田道灌(おおたどうかん)です。
源頼義は、1051年(永承6年)に奥州の安倍貞任征伐(前九年の役)の途中でここに宿陣して戦勝を祈願し凱旋の折にもお礼参りをしています。
その後の1477年(文明9年)には、江戸城主であった太田道灌が、石神井城主の豊島泰経を攻めるにあたり社前に高野槙(こうやまき)1株を植栽したのが「道灌槙」です。
樹齢300年の木の高さは20mあり、昭和8年の台風で、1根2幹だった1幹が折れたので1幹を切断し現在は、1本立ちの木になっています。
老木のため木の先端は、折れたのかそこからひょろっと細い幹が立ち上がっているように見え樹勢は弱々しく感じるます。
「道灌槙」は、荻窪八幡神社の御神木で、杉並区指定文化財の天然記念物にもなり保護されています。
この神社の手水舎は、手を狛犬にかざすとセンサーで口から水が出るものですが、口が蓋で塞がれていました。
試しに手をかざすとちょろちょろと下に水が流れて出てしまい、手を清めることが出来ません。
これは、以前あった鳥居の台座から作られた祓い門(はらいもん)で、ここをくぐると災いが取り除かれて福を招くそうだけどこの日は、私も含めて誰もくぐる人はいなかったです。
ベンチに2匹の猫の石像があり、ここは狛犬が有名だけどどうして猫なのかな?
末社の五社宮(稲荷神社、祓戸神社、須賀神社、琴平神社、御獄神社)と猿田彦神社と四面道から移された秋葉神社があります。
井草八幡宮もあったけど大きな神社には、主祀神の祀られる本殿の他に境内にこのように主祀神と関係の深い摂社や末社と呼ばれる小さな社があります。
まあ、主祀神を助けた神様やお世話になった神様達がチームを組んでいるということなので何とも心強いです。
お祭りのときに里神楽の演奏や余興が行われていました。
神社に来ると時が止まったような感覚になるのは、不思議だね
このヒイラギと煮干しお頭、今年の節分からあるのか?
(カラスに食べられないのか?本物?)
鎮守の森だから大ケヤキが20数本(樹齢200年以上の木もあり)、3本のイチョウの木を始め木々や緑が多いです。
以前は、130本の松があったが松喰虫に荒らされてしまったそうで、それでも大きな松の木が手水舎の近くに1本ありました。
『杉並郷土史叢書2 杉並歴史探訪』(森泰樹著)の中の地元の方の言い伝えによると
荻窪八幡神社に昔から白蛇が住んでいて、大正の始め頃に村の子ども二人が神社の境内でいたずらに蛇を殺し、その夕方行方不明になり、村人総出で探した善福寺川の堰で水死体で見つかりました。
川から引き上げようとしたとき、大きな蛇が死体の傍らから向こう岸に逃げて行ったことから、これは白蛇を殺した仕返しだと噂が立ち、子ども達は親から八幡様の白蛇を見たら逃げて来いと言われたそうです。
私は、夏に本村橋辺りで何度か大きな白蛇を見たことがあり、川岸にも脱皮した白蛇の殻が落ちていていて、この辺りに長年、棲みついた蛇なのでしょう。
かなり大きな白蛇だったので、そんな白蛇を見た人が恐ろしくてこんな都市伝説めいた噂を広げたか、噂話に尾ひれがついて話がどんどん大きくなっていったのでしょう
北参道に高さ4mほどの石碑があり「彰忠碑 希典書」と彫られいます。
乃木希典が筆で書いた文字を刻んだ石碑で、変わった字体だと思ったら「篆書体(てんしょ)」というもので、意外に目に触れる機会の多い紙幣の印や実印、パスポートなどに使われ偽造しにくい書体だそうです。
碑の背面には、日露戦役の戦死者名などが記されています。
本来、この碑は、桃井第一小学校庭に建てられていたが大東亜戦争の直後地中に埋められてしまいそれを保護し再建したものだそうで、敗戦で乃木将軍の評価が変わったからこういうことが起きたのかな?
(実際には、進駐軍から軍国主義に関係あるものとして破砕命令が出るのではないかと慌てて地中に埋めたようです)
こちらは、表参道である東参道入り口から見た神社で、入口の道路を隔てた向かい側は、杉並アニメーションミュージアムがあります。
井草八幡宮の鳥居と同じ2011年の東日本大震災で東参道の大鳥居が倒壊し、同年9月に石造鉄骨入り大鳥居を再建したと鳥居に刻まれていました。
鉄骨入りの鳥居は、風情がなくて写真を撮っていないけれど耐震がしっかりしている方が安心だね
しぼり菜リズム(まとめ)
荻窪八幡神社は、杉並区内では大宮八幡宮、井草八幡宮に次ぐ広さの神社です。
旧上荻窪村の鎮守である荻窪八幡神社の創建は、寛平年間(889~898年)といわれご祭神は、応神天皇です。
神社を訪れた歴史的人物は、源頼義(みなもとのよりよし)と太田道灌(おおたどうかん)で、太田道灌は、槙の木を植え「道灌槙」と呼ばれ神社の御神木になっています。
■荻窪八幡神社
東京都杉並区上荻4-19-2
〈参考文献〉
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- 「杉並区探訪」森泰樹著 杉並郷土史会
- 荻窪八幡宮HP
- 「すぎなみ ある区マップ 西荻窪・上井草編」杉並区
- Wikipedia「荻窪八幡宮」ほか