田沼武能・人間賛歌
『田沼武能 人間讃歌』(東京都写真美術館)へ行きました。
戦後すぐに、写真家・木村伊兵衛に師事、写真家として初めて文化勲章を受章し世界の子どもの写真をライフワークに活躍し生涯現役で2022年93歳で亡くなった写真家の田沼武能の回顧展です。
『しんぶん赤旗の日曜版』で、私費でユニセフ親善大使の黒柳徹子に同行取材し世界の現状を伝えた彼の写真をよく見ていて、何ていい表情を撮るのだろうと感心していました。
『芸術新潮』の嘱託写真家としてキャリアを積み1965年にアメリカの『LIFE』誌と写真家契約を結んだ報道写真家でもあります。
この腕章は、このときのもの
モノクロ作品の終戦後の荒廃した東京下町の子ども達の強くたくましく生きる姿や生き生きとした表情、130を超える世界の人々を取材し難民の子どもやゴミの山から宝を探す少年達、思い切り幸せな人々の表情…
こんな素の表情を自在に撮れる田沼武能という人は写真家以前に「人間大好き人間」なのでしょう
被写体になる相手もそれを分かっている。
これらの写真は、彼の優しいまなざし、厳しい状況の中で見せる笑顔や力強い生命力に救われると同時にそのときの世相や生活環境、時事、世界情勢もリアルに伝えるというジャーナリズム的な役割も果たしています。
田沼武能の写真で、私が惹かれるのが「武蔵野」の自然を撮ったものです。
東京の下町に育った彼は、武蔵野を撮ることを生涯のライフワークとしていて、東京近郊のまだ残る自然の風景や風物詩は幼少期武蔵野の川や雑木林で遊んで過ごした私にも原風景として郷愁を誘います。
子ども達が橋の上から川に飛び込んだり泳いだりしている「若宮橋の川遊び 坂戸市厚川 2015年7月」という写真を新聞で見ていいなあと思いこの展覧会に行こうと決めたのです。
この写真の坂戸市という東京近郊にもまだ、こんな野趣豊かな遊び場があったのかと思い名所、景勝地でもない生活の隣にある日常的な場所や光景でも素敵な写真になるのだと気づかされました。
こんな写真を見ると私も見過ごされてしまうような何気ないものを写真に撮りたくなります。
東京郊外も時代の流れとともに急速に変貌し自然も消えかかっていく現在、もっと長生きして武蔵野の風景を撮り残して欲しかったです。
■田沼武能 人間讃歌
- 会 場:東京都写真美術館 地下1階展示室
- 会 期:2023年6月2日(金)〜7月30日(日)
山下清は、真の芸術家だ
次は、『生誕100年 山下清展ー百年目の大回想』(SOMPO美術館)です。
山下清(1922~1971年)といえば、テレビドラマ『裸の大将』の日本各地を自由気ままに旅をする放浪画家で蘆屋雁之助のイメージそのものでした。
旅先ではランニングに短パン姿で「お、おむすびが、食べたいんだな」とつぶやくような子どもからお年寄りまでに愛されるような画家でしたが、実物は、ドラマのデフォルメした表現とは多少違うことが分かりました。
放浪生活では、浴衣を着て護身用の石ころを詰めた愛用のリュックサックがお供でともに展示され、ドラマのランニング、短パン姿ではありませんでした。
意外だったのは、山下清は、旅先で絵を描くスタイルだと思っていましたが、スケッチやメモも取ることなく絵も描かなかったそうです。
その代わり旅から帰って来ると驚異的な記憶力で作品を制作していたということで、それはそれで凄いことです。
この放浪生活は、徴兵検査を逃れるためにしたそうでこの辺りは、ドラマの山下清のイメージを裏切りません。
吃音と発達障害のため入所した養護施設での子ども時代に制作した昆虫や学園生活の「ちぎり絵」は、素朴で未成熟ながら伸びしろや温かさがあります。
学園で、色の階調や細部表現に工夫を凝らして独自の「貼絵」技術を磨き才能が一気に開花
ちぎった色紙もどんどん細密になって「ちぎり絵」イコール「緻密絵」みたいになっていきます。
山下清の「日記」の抜粋が掲示されていて、日記に植木鉢の陰影の出し方などを支援者である精神科医でゴッホ研究者の式場隆三郎氏に教わり何度もやり直しさせられたことが書かれていて、遠近感や立体感といった複雑な表現を会得していった過程が分かり興味深ったです。
また、独特の技法である「こより」や「切手」を貼絵に使うことでラインの表現や油彩の筆遣いのような繊細な陰影を出すことが可能になりさらに進化します。
「グラバー邸」(1956年)などは、もう近寄って見ないと貼絵なのか油彩なのか分からないくらいです。
それまでの懐かさ温かさも魅力ですが、チップの細やかな貼絵の技術はもう「芸術家」として誰もが認めるものです。
作品数は少ないながら油絵も上手くて山下清は、決してキャラクターだけが先行して人気がある訳ではなく芸術的に優れた天才であることが見て取れます。
加えて、才能だけではなく常に進化し続ける貪欲さもあり、このような彼の真の芸術家としての生き方も一過性の人気だけで終わらない国民的スターとして愛され続ける所以なのだと思いました。
■生誕100年 山下清展ー百年目の大回想
- 会期:2023年6月24日(土)~9月10日(日)
- 会場:SOMPO美術館
しぼり菜リズム(まとめ)
『田沼武能 人間讃歌』(東京都写真美術館)
写真家田沼武能は、木村伊兵衛に師事し、世界の子どもたちの写真をライフワークにし報道写真家としても活躍
回顧展では、終戦後の荒廃した東京下町の子どもたちの生き生きとした表情や世界の人々を取材した写真が展示され世界の人々の素の表情を写真に収めました。
彼の写真はジャーナリズム的な役割も果たし、その時代の世相や生活環境、時事問題、世界情勢をリアルに伝えました。
「武蔵野」の自然を撮った写真には、東京近郊の残された自然の風景や風物詩が描かれており、郷愁を誘います。
『生誕100年 山下清展ー百年目の大回想』(SOMPO美術館)
展覧会では、山下清の放浪生活や創作の過程、独特の技法などが紹介され、彼の人間性と芸術的な才能に触れることが出来ました。
ドラマ『裸の大将』のイメージと実物の山下清には多少の違いがあるが、放浪生活を実際に送り、驚異的な記憶力を持って制作していました。
展示には、子ども時代の「ちぎり絵」や学園生活の作品があり、素朴で未成熟ながら温かさや伸びしろが感じられます。
山下清は、学園で「貼絵」の技術を磨き、細密な表現を取りよく入れて、「こより」や「切手」を使った独特の技法でさらに進化しました。
今回、山下清はキャラクターだけでなく、芸術家としての才能や進化を惜しまない貪欲さがあるから国民的スターとし多くの人々に愛されるのだと思いました。