ピカソ、クレー、マティス。難しい「キュビスム」にもちょっと触れて

大きな横たわる裸婦

(「大きな横たわる裸婦」パブロ・ピカソ 1942年)

国立西洋美術館で開催の『ピカソとその時代ベルリン国立ベルクグリューン美術館展』へ行きました。

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ベルリン国立ベルクグリューン美術展術館展

ドイツ人の画商ベルクグリューン(1914~2007年)の類い稀なる審美眼で選び抜かれた少数の作家に絞って購入した作品を有するベルクグリューン美術館。

このベルクグリューン美術館からベルクグリューン自身が敬愛がし親交を深めたパブロ・ピカソ、アンリ・マティス、パウル・クレー、アルベルト・ジャコメッティを中心に展示しています。

ピカソ

今回の目玉は、作品97点のうち、76点が日本初公開ということと「ピカソ」の作品が約半数を占めることです。

ベルクグリューンは同時代の巨匠ピカソに心酔し、ピカソ本人とも交流しながら作品をコレクションしてきました。

長寿の芸術家であるピカソは、最晩年まで創作活度を続け数多くの作品を残してきました。

『イスラエル博物館所蔵ピカソ ― ひらめきの原点 ―』(パナソニック汐留美術館)では、常に新しいことに挑戦し晩年も枯れることない創作意欲に触れることが出来ました。

icon-arrow-right ピカソと北斎、長寿を極めた画家に終わりはない

今回も「青の時代」から晩年までと破壊と創造を繰り返し作風を大きく変えながら進んできた向上心に驚き、改めての芸の幅広さを認識しました。

「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」

「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」パブロ・ピカソ1937年

例えば、「黄色のセーター」「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」のように同じ恋人のドラ・マールを描いてもまるで違う表現になっていて比べて見るのも面白かったです。

同じ女性像でもドイツ占領下のパリで描かれたもの悲しさが漂う裸婦像「大きな横たわる裸婦」(1942年)は、戦時下の社会不安にピカソの苦悩や孤独が投影されています。

「孤独なしには、何事も成し遂げられはしない。」

これは、ピカソの言葉ですが、孤独の中に身を置き「自分は、何をしたいのか」という人生からの問いかけに対して考え抜いたピカソだから出てきたのだと思いました。

黄色のセーター

「黄色のセーター」パブロ・ピカソ1939年

ベルクグリューンは、購入した作品に合わせる「額縁」に拘りを持っていてわざわざアンティークの額を探し出して組み合わせました。

この「黄色のセーター」の額は、アカンサスの葉を彫った、金塗りの17世紀前半のスペイン製の額を合わせてドラ・マールの濃厚な表情を強調したとされています。

額にも拘るベルクグリューン。

あちこち手をつけず少数精鋭の作家にターゲット絞って作品を購入していて、作品蒐集にもブレない一貫性がありますね。

アブサントのグラス

「アブサントのグラス」パブロ・ピカソ1914年

新しいもの好きで一つのものに留まらないピカソですが、どんなに表現方法を変えてもどれもピカソだと分かるものばかりです。

「アブサントのグラス」

この造形物もどこかピカソっぽく、天才ピカソの手に掛かれば表現出来ないものはないだと思いました。

ピカソが題材にした「アブサン」というフランスのお酒は、「悪魔の酒」の異名を持ちこれを飲むと幻覚症状が起き自分を失ってしまうお酒で多くの芸術家達に愛されました。

ピカソにも「アブサンを飲む人」の絵があり、ドガ、マネ、ゴッホ、ロートレックの絵にも描かれています。

ゴッホが精神的をきたしたのも詩人のヴェルレールが破滅的な人生を送ったのもアブサンのせいだという説があり、オスカー・ワイルド、ヘミングウェイなども飲んでいました。

こんなドラマティックなお酒なので、「破滅のお酒」という認知が広がり陶酔、破滅を地で行く傾向の芸術家に愛されたのかもしれません。

クレー

青の風景

「青の風景」パウル・クレー1917年

パウル・クレーの絵が充実した空間がありました。

クレーの抽象画は神秘的で「静」のイメージがあり、昔からクレーの絵を見ると心が癒され落ち着きます。

優しい色合いも好みで、寝室に飾るなら絶対クレーの絵だと思いながら数十年。

悲しいかな、飾る場所がないのが現実です。

「子どもの遊び」

「子どもの遊び」パウル・クレー1939年

ピカソとは対照的な作風のクレーですが、ピカソの「キュビズム」に影響を受け画面をいくつかの幾何学模様に分割する手法はキュビズムから取り入れたものです。

キュビスムは、ピカソと今回数点展示のジョルジュ・ブラックによって生み出された表現方法です。

「キュビスム」と検索して一番分かりやすかったのが

・複数の視点から見た物の形を一つの画面に表す。

・物の形を、立方体、球、円筒、円錐、など幾何学的な形にする。

ですがやはり難しいです。

丘の上の集落(オルタ・デ・エブロ)

「丘の上の集落(オルタ・デ・エブロ)」パブロ・ピカソ1909年

ピカソのこの絵もオルタのキュビズムといわれるもので、キュビズムの絵は「遠近法を無視して目に見える自然な形では描かず、平面的で漫画のように描く又は、何でも幾何学的な形にしてしまう」ものかと思いました。

また、キュビズムは、写真とは違う絵画にしか出来ない表現なのだと今回の展覧会で思いました。

マティス

『雑誌「ヴェルヴ」第4巻13号の表紙図案』

『雑誌「ヴェルヴ」第4巻13号の表紙図案』アンリ・マティス 1943年

「ヘタウマ」のような作風、色彩のマジック。

クレーの静かな絵を堪能した後の躍動感溢れるマティスの絵は、元気を貰えるビタミン絵画のようです。

このマティスのコレクションもベルクグリューンが非常に重要視しています。

マティスは、「色彩を通じて表現する」という方法を極めて辿り着いたのが晩年の「切り絵」です。

切り絵は、色をどんどん単純化させ、色彩だけではなくものの形体も単純化した表現方法でもあります。

晩年、助手が色を塗った紙をハサミで切り抜く手法で切り絵を作成し体力の衰えたマティスに合った手法だったようです。

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セザンヌ

セザンヌ夫人の肖像

「セザンヌ夫人の肖像」ポール・セザンヌ 1885~86 年頃

ピカソ、マティス、ジャコメッティのベルクグリューンの3人の作家は、セザンヌの表現に大きく影響を受けています。

セザンヌは、モチーフを抽象化し「遠近感で、1つの視点から描く」というルネサンス以降続く暗黙のルールを破りました。

このセザンヌの遠近法を使わないモチーフの表現、自然や静物を幾何学化する試みが後のピカソやブラックのキュビズムへつながったのです。

キュビズムや抽象が行き過ぎると単に記号や点や線になる?というか何を描いているの分からなくなるので、その手前で踏み留まったものの方が見ていてしっくりきます。

そういう意味で、セザンヌのバランスの取れたほどほど感は安心するし単純に美しい絵だと感じさせます。

しぼり菜リズム(まとめ)

「黄色のセーター」パブロ・ピカソ

「黄色のセーター」パブロ・ピカソ

ドイツ人の画商ベルクグリューンのコレクションから自身が敬愛がし親交を深めたパブロ・ピカソ、アンリ・マティス、パウル・クレー、アルベルト・ジャコメッティを中心に展示した『ピカソとその時代ベルリン国立ベルクグリューン美術館展』(国立西洋美術館)に行きました。

作品97点のうち、76点が日本初公開、「青の時代」から晩年まで破壊と創造を繰り返し作風を大きく変えながら進んできたピカソの作品が約半数を占めます。

「黄色のセーター」「緑色のマニキュアをつけたドラ・マール」のように同じ女性を描いてもまるで違う表現になっています。

新しいもの好きで一つのものに留まらないピカソ、「アブサントのグラス」などどんなに表現方法を変えてもどれもピカソだと分かるものばかりです。

静的な絵のクレーは、ピカソとブラックが作ったのキュビズムを取り入れています。

躍動感溢れる絵のマティスは、「色彩を通じて表現する」という方法を極めて「切り絵」に辿り着きました。

本展のピカソ、マティス、ジャコメッティのベルクグリューンの3人の作家は、セザンヌの表現に大きく影響を受けています。

セザンヌの遠近法を使わないモチーフの表現、自然や静物を幾何学化する試みが後のピカソやブラックのキュビズムへつながったのです。

類い稀なる審美眼を持ち絵を入れる額にも拘るベルクグリューンは、少数精鋭の作家に絞って作品を購入し、作品蒐集にもブレない一貫性があります。

■ピカソとその時代ベルリン国立ベルクグリューン美術館展

  • 会場: 国立西洋美術館
  • 会期:2022年10月8日~2023年1月22日
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2017年現在57才 50代になって体に色々な変化が起きました。 アレルギー、腰痛、変形性膝関節症、脂漏性皮膚炎、手湿疹、眼精疲労、胃腸の不快感、開帳足等々一気に吹き出しました。 このほかに病気以前、未病のものもあるので 自分の体を見つめ直した生活を考えています。 健康、医療、病気、楽しいことも含めた日常生活を綴っていきたいと思います。 認定医療コーディネーター、ホームヘルパー びわの葉療法インストラクターの資格保有