正倉院
「正倉院」は、奈良時代東大寺を建立した聖武天皇の遺品を妻である光明皇后が東大寺に納めたことで誕生しました。
正倉院は、東大寺の倉庫です。
遺品だけではなく、東大寺大仏開眼儀式で使われた奈良を代表とする宝物など約9000点が収納されていました。
正倉院宝物は、天平時代を中心とした楽器・調度品・染織品・遊戯具・仏具・武具・文書、シルクロードを通じ西域や唐からもたらされた品々もあります。
木材を井桁に組んで積み上げた美しい外壁の校倉造の正倉院は、国宝に指定、「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコの「世界遺産(文化遺産)」に登録されています。
正倉院の宝物は、昭和にコンクリートで造られた宝庫に移されるまで1300年間の長きに渡って保管されたのは、保管場所が、「校倉造(あぜくらづくり)」の高床式倉庫というのがあります。
檜作りの高床式倉庫は、湿度管理や害虫対策に効果的です。
さらに宝物を「唐櫃」という容器に入れていたため安定した湿度と虫や紫外線の侵入を防ぎ、転倒や落下のダメージから守ることが出来ました。
正倉院の扉は、天皇の許可がなければ開けられないため保管環境に変化が少なく宝物が守られたのです。
もう一つの本物
この正倉院のお宝の一部が、東京で見られると思い浮足立ちました。
が、展示されているのは、正倉院の宝物の「再現模造」でした。
「えっ模造品ってどうなの?」と思いましたが、サントリー美術館で開催された御大典記念 特別展『よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―』に行って、その意図に触れ考えが変わりました。
何千年も前のものは、脆弱で保存に細心の注意を払っても劣化は避けられません。
変色や傷、欠損のある程度の修復は出来ても元の通りにはいきません。
そこで、劣化を食い止め保存、未来に宝物を遺していくという使命もあるので「もう一つの本物を作る」ことに着手したということです。
「もう一つの本物」なので、見た目だけではなく構造や素材を科学的に分析、あるいは文献をもとに究明し同じ材料、技法で匠が長い歳月を掛けて作られたものが「再現模造品」。
模造品といえど、これはもう英知と技術が集結した立派な美術品で、一見の価値があります。
ノートルダム寺院、首里城の消失、熊本城の被災。
天災だけではなく、昨今の世情を見ると宝物が、戦争などの人災に遭遇することもあり得ます。
模造品いえ「もう一つの本物」を作ることで、技術の解明や技法の伝承が行われれば、リスクの分散が出来ます。
危機管理的な意味で宝物を守ることも出来、移動のわずかな振動で崩れるものもあり、模造はその代役を果たし各地への巡回展などで多くの人の目に触れることが出来ます。
日本は、伊勢神宮のように遷宮のたびに社殿とともに御神宝を作り替え、金閣寺や京都御所のように再建されたものに価値を見出す文化があります。
そういったことから、模造品にも新たな価値が生まれ財産として未来永劫受け継がれていくのかと思います。
それでも実物を見たい人は、毎年ご当地で開かれる「正倉院展」で数十点公開されるのでこちらで見ることが出来ます。
螺鈿紫檀五弦琵琶
今回の展覧会の目玉は、「螺鈿紫檀五弦琵琶」の再現模造です。
教科書にも出て来る有名な琵琶です。
「螺鈿紫檀五弦琵琶」も模造で、オリジナルは、聖武天皇の遺愛品として、756年に光明皇妃が東大寺の廬舎那仏(大仏)に献納した品です。
琵琶は通常弦が4本ですが、これは5本でインドで生まれた楽器といわれています。
五絃琵琶は、世界中で正倉院にこのひとつしか残っていません。
2011年から制作に8年掛かり完成しましたが、事前調査、材料の調達、試作品制作期間などを含めると、完成までに17年以上掛かっているというから驚きます。
今回、琵琶の背面も見ましたが夜光貝の「螺鈿(らでん)」や「ウミガメの甲羅」を使った唐草や雲精巧な細工が輝いて、こんな華やかなものだったのかとしばし見惚れてしまいました。
ワシントン条約による取引禁止や輸出制限で、ウミガメの甲羅や琵琶本体の木材の紫檀(したん)を海外から調達することは困難でした。
そのため、どちらも数少ない国内に残るもので対応したということでそれだけでも価値があります。
皇室が守ってきた宝物の内部をむやみに分解することも出来ず、科学調査から判明した情報に基づき、限りなく同じ素材、同じ技法、構造で再現され、さらに保存、管理方法まで同じにしていう徹底ぶり。
この科学調査で分かったのは、この琵琶が楽器として演奏が出来たということでです。
五絃琵琶の音色を再現した音楽も会場に流れて、聖武天皇も耳にした天平の音色も聞くことが出来ました。
(華やかな楽器から奏でる音にしては、「琵琶のベース版」?っていう感じの沈んだ音色だったかな。)
「螺鈿紫檀五弦琵琶」の文様は、複雑で装飾部材だけで600点という気が遠くなるような細かい作業の積み重ねでした。
人間国宝の漆芸家や伝統工芸の技術者達が、熟練の技を融合したのが「再現模造・螺鈿紫檀五弦琵琶」なのです。
このように展覧会で、制作過程を知り、「過程」と「結果」の両方を見知ることで宝物の真の価値に触れ、「本物」の魅力の「再発見」にもなりました。
「小石丸」の糸
「螺鈿紫檀五弦琵琶」の再現模造には、もうひとつの物語があります。
それは、琵琶の「弦」に日本固有の品種の蚕「小石丸」の糸を使ったことです。
小石丸の絹糸で織られる生地は、軽くて柔らかく、美しい光沢があります。
また、生地は薄くても暖かく「天⼥の⽻⾐」と呼ばれる最上の素材です。
しかし、小石丸は、生糸の量も少ない希少な絹糸で、「幻の絹」と伝説化されるも生産性が低いことから次第に廃れていきました。
それを知って、この小石丸の増産に踏み切られたのが「上皇后美智子さま」です。
宮中では、近代以降、産業振興の意味も込めて、歴代皇后が養蚕を行っています。
昭和の終わりに皇室でわずかに残っていた「幻の絹」小石丸を美智子さまが品種を守りたいということで少量ながら飼育が続けられていたのです。
以降「紅葉山御養蚕所」で美智子さまがお育てになり、毎年、正倉院に必要な小石丸の繭を贈り続けられました。
それによって、琵琶の絃が限りなく当時を再現することが可能になりました。
テレビで、美智子さまが蚕を育てている映像を以前見たことあり、これだったのかと思いました。
五弦琵琶の他にも小石丸の糸を使って織物など復元したものが、同展にありました。
しぼり菜リズム(まとめ)
人間国宝などの名工の歳月を掛けた精巧な「再現模造」が素晴らしいです。
『よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―』(サントリー美術館)の正倉院宝物の再現模造。
1300年間保存されてきた聖武天皇の遺愛品である宝物の劣化を食い止め保存、未来に宝物を遺していくという使命のため「もう一つの本物を作る」というのが再現模造の目的です。
見た目だけではなく構造や素材を科学的に分析、あるいは文献をもとに究明し同じ材料、技法で匠が長い歳月を掛けて作られたのが再現模造です。
展覧会の目玉は、世界で唯一の5弦琵琶「螺鈿紫檀五弦琵琶」の再現模造です。
科学調査によって同じ素材、技法、構造で再現され、保存、管理方法まで同じにし構想から17年掛かり完成しました。
困難を極めた原材料調達、名工達による精密な細工の作成過程を知り、「過程」と「結果」の両方を見知ることが出来、「本物」の魅力の「再発見」にもなりました。
上皇后美智子さまが守られた蚕の絹から作られた琵琶の弦の話を知り、これは、単なる模造品ではない物語性を感じました。
■『よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―』
- サントリー美術館
- 1月26日(水)~3月27日(日)