「がん告知」ってこんなもの?

唐辛子
スポンサーリンク

がんかもしれない

膀胱がんになって、「がん」の告知を受けたときのことを書いてみました。

icon-arrow-right 「膀胱がん」と診断された。激動の半年・膀胱がん発覚

[ad#co-1]

もしかしたら、「がん」かもしれないと薄っすら感じたのが、近医で「尿細胞診」の結果が「陽性」と告げられ「膀胱鏡をやって詳しく検査をした方がいいので、紹介状を書きます。」と言われたときです。

「血尿」が出ていたので、尿細胞診が「黒」だであろうことは覚悟していたが、この時点では、「腎臓」か「膀胱」かどちらかに異変があるのだろうと思っていました。

エコー検査では、「右腎臓石灰化・結石の可能性がある」と言われてい経過をみていたのでがんではなく「腎臓結石」かもしれないと淡い期待がありました。

がんに違いない

でも、そんな期待を裏切ったのが、紹介先の地域の総合病院の膀胱の内視鏡検査で膀胱の腫瘍を見たときでした。

内視鏡検査では、自分の膀胱内をモニターでリアルタイムに見ることが出来ます。

モニターに映っていたのが、膀胱の「腫瘍」でした。

医師が、「腫瘍がいくつかありますね。ここにも、ここにも。尿道付にも…。」と言うように拡大された腫瘍らしきものがいくつか見えました。

医師も「今までの経験で、がんの可能性が高い。」ということで、膀胱の「悪性腫瘍」「がん」に違いないと確信を深めました。

この時点では、「がん」と確定した訳ではないので、実際の「がんの告知」はそれから1か月半以上先でした。

その日のうちに腫瘍ががんかどうかを調べるために内視鏡で膀胱を腫瘍を取り除く「経尿道的膀胱腫瘍切除術」という手術の予約を入れ、2週間後に手術をしました。

手術をしてから、1週間ほど入院していました。

その間、主治医から手術の状況や結果など色々と説明して貰えるものだと思ってましたが、毎日、採尿バッグに溜まった尿の様子を見るだけで回診は終わりでした。

入院している1週間、腫瘍が「がん」かどうか、どの程度がんが浸潤していたかなど手術に対する情報が全くなく不安でした。

内視鏡の手術は、泌尿器科の医師にとって時間もさほど掛からず、腫瘍取って検査するための簡単なものなのか、手術に対して医師と患者に「温度差」があるなあと思いました。

これは、手術で採取した細胞の「生検結果」が出るまで何も分からないので医師にとってもこれ以上説明の余地もなかったのかもしれません。

がん告知

家族で聞きに来て下さいということで、主人と二人で手術で取った腫瘍の細胞の結果を退院から2週間後に聞きに行きました。

このとき医師は、「残念ながら、がんですね。」と言って、どの程度浸潤しているかを簡単な図に書いて説明してここで、初めて「膀胱がん」と「がん告知」されたのでした。

ただ、筋層までは浸潤しているのはなかったので、少しほっとしたのだけど気になていたがんの顔つき(グレード)までは説明してくれませんでした。

がん告知ってこんなものなのか、あまりに事務的で詳しい説明もなくあっさりとしていていました。

告知の後、主治医は、次の内視鏡の手術の日程の説明などすぐに始めました。

がんの深達度は分かったけれど、グレード(悪性度)の説明もなかったので、私の方から聞きました。

グレード次第で、私の膀胱がんに対する向き合い方が変わってくるので私にとって悪性度は重要でしたが、医師は「あっ、忘れていた」ってあまり気に留めていないような感じでした。

結局、「グレード3」で最も顔つきが悪いがんだったので、内視鏡の手術では取り切れていないものもあるかもしれない、深いもの(筋層まで到達しているもの)もあるかもしれないから再度、内視鏡の手術をしましょうという流れになりました。

こういうことは、聞かないと教えてくれないのでしょうかね。

筋層へ浸潤していて膀胱を切除しなくてはならないとか、リンパや他の臓器への転移しているのとは違う表層で留まっているものだったので、詳しい説明はいらないと判断したのかもしれません。

やはり、自分の病気と向き合うためには自分で、勉強して知識をある程度身につけて、分からないこと、おかしいと思ったことはしつこいくらい聞いてちょうどいいのだと思いました。

その他に腫瘍の数や形状なども詳しい説明がなかったので、質問しました。

告知を受けて

内視鏡の手術で取った生検の結果を聞きに行ったときに「がんでした」という言葉が、事実上の「がん告知」でした。

が、私にとってのがん告知は、膀胱鏡で自分の腫瘍を見たときでした。

(膀胱腫瘍は、良性のものは稀で「悪性」のものがほとんどなので)

もうそこで、覚悟は決っていたので医師から、実際にがんと告げられたときは結構、冷静に受け止めることが出来ました。

がんと告知されて、感傷的になったり頭が真っ白になったりということはありませんでした。

両親ががんになり(父は、3回も)身近にがんがあり、いつか自分もがんになるかもしれないと思っていたこともあります。

ただ、「グレード3」のがんと聞いたときは多少ともショックを受けました。

これは、グレードが高いと悪性度も高くなるので、再発率が高くなり、転移もしやすくなるからです。

でも、がん告知の日より辛かったのが、内視鏡で自分の腫瘍を見て生検の結果が出るまでの1か月以上の期間でした。

がんが転移しているのか、どの程度の深さで悪性度はどうなのか?

自分は、どのくらい生きられるのか。

とにかく、生検の結果が出るまでは不安な日々を過ごし、この間のストレスは半端なかったです

がん告知を受けて、がんになったからといって、突然、人生が変わるわけではありません。

実際には、昨日まで、生きてきた続きの自分そこにがいて、生まれた時から連続して生きているので、何も知らなかった昨日と「告知された今日」とでは何も変わっていないのです。

でも、膀胱鏡で、「腫瘍が、あります」と言われた日から人生が変わってしまいました。

自分は、今日から「がん患者」なのだと。

街を歩いていても、私と違ってすれ違うこの人は、がんではなく「生」が保証されているのだろう。

健康そうなあの人は、死の恐怖なんてないだろうなど「がんの自分」と「がんではない人」との「壁」が出来てしまったような気がしました。

でも、悪性度は高いもののがんが筋肉層まで達していないことが分かり、治療さえすれば完治する望みがあるのだと切り替えて次に向かうことにしました。

[ad#co-2]
[ad#co-2]

 

スポンサーリンク

ABOUTこの記事をかいた人

2017年現在57才 50代になって体に色々な変化が起きました。 アレルギー、腰痛、変形性膝関節症、脂漏性皮膚炎、手湿疹、眼精疲労、胃腸の不快感、開帳足等々一気に吹き出しました。 このほかに病気以前、未病のものもあるので 自分の体を見つめ直した生活を考えています。 健康、医療、病気、楽しいことも含めた日常生活を綴っていきたいと思います。 認定医療コーディネーター、ホームヘルパー びわの葉療法インストラクターの資格保有