スパイ映画
10代の頃は、007シリーズやヒッチコック監督の『引き裂かれたカーテン』などの「スパイ映画」を好んで見ていましたね。
スパイ映画でも私が好きなのは、「東西冷戦」下でのスパイ合戦みたいなもので、当時東西冷戦の真っただ中だったのでその臨場感を楽しんでいました。
最近のスパイ映画は、どうなのか 東西冷戦を扱ったスパイ映画を「Amazonプライムビデオ」で見つけたので見てみました。
1つは、『裏切りのサーカス』です。
『裏切りのサーカス』
2011年イギリス・フランス合作
トーマス・アルフレッドソン監督、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース他出演
以下、ネタバレ注意
分かりにくい映画
タイトルの「サーカス」って曲芸団のサーカスかと思いきや「英国諜報部」のことで、いわゆる「MI6」の本部がイギリスロンドンのピカデリーサーカスにありそこが舞台になっているから「サーカス=英国諜報部」なのです。
MI6の中でも実働部隊ではなく、幹部達中枢部のメンバー5人をサーカスと呼んでいます。
原作がジョン・ル・カレの小説だからか見る側が本を読んでいることを前提にしたような作り方で分かりにくく、解説サイトや人物相関図で予備知識を入れておかないと話が読めません。
特に人間関係が複雑な割に映画の中で、紹介するでもなく話が進展していくので映画の中だけで、人物相関を理解するのが大変でこの映画は、説明不足で不親切なのかと思いました。
5人の名前が、本名とコードネームと両方あるので余計、誰が誰だだっけと分かりにくく、時系列も入り乱れて混乱します。
でも、スマイリーの眼鏡フレームで現在の話か過去の話かどうかやコントロールがいれば回想シーンなど少しづつ分かってきて、それも、「字幕版」と「吹き替え版」の両方を見てやっと理解出来た感じです。
(初回が字幕版で、2回目が吹き替え版で見ましたが、逆にして吹き替え版で、映像に集中しながら人物関係やストーリーを理解してから字幕版で、俳優の声も含めた演技を楽しんだ方がより堪能出来たと思いました。)
サーカスに長年に渡って潜入しているKGBの「二重スパイ(モグラ)」を捜していくのですが、これがまた会話の回想、関係者の証言、膨大な記録の見返し…そこから矛盾を洗い出し裏切り者を見つけるような地道な情報収集作業なので、派手なアクションやドンパチもなくて終始淡々としています。
(どちらかというと、推理を主体として犯人を追い詰めていく「刑事もの」に近いです。)
原作が、元MI6のジョン・ル・カレなので、こういうのがかえって、リアルなスパイの現場なのではと思いました。
主人公達主要人物が皆、枯れていて、感情も抑えた風なので盛り上がりに欠けるかなあと思いきやそれぞれ、感情が溢れる瞬間や爆発させる瞬間があったりして人間臭い一面を見たようでドキッとします。
妻の浮気現場を見たときの動揺が大きかったのとビル・ヘイドンに一度だけ声を荒げるというのがありましたが、スマイリーも一貫して感情を抑えていて、その分、コントロールに信頼されていなかったと分かったときの失望や妻に関することでの心の動揺など表立って顔に出ないけどそのときのちょっとした表情の変化に逆に凄みを感じました。
一見、初老の英国紳士であるスマイリーさん、知的で優れた采配をするとともに長年のトップエージェントとしての性なのか部下の使い方に非情な面があったりして、ただ者ではない人物像も浮かび上がります。
裏切者は、(それらしい伏線があったのかなあ?皆が、怪しかったけど)私は、最後まで分かりませんでした。
よくサスペンスものでは、脇にきているけどその人、主役級の役者さんだよねという人が犯人だったりしますが、この映画も『英国王のスピーチ』のコリン・ファースというのも結末が分かってしまえば納得です。
『英国王のスピーチ』は見ていましたが、コリン・ファースって気が付づかず映画サイトで、初めて知りました。
でも、私がイギリスの俳優さんの知識がないので知りませんでしたが他の脇役の方々も名優揃いだそうで、そういう意味で誰が犯人でもおかしくないみたいです。
映画で、よかったこと
この映画では、映像や小物使い、音楽が素晴らしいと思いました。
スマイリーの眼鏡、アンがスマイリーに贈ったライター、扉に挟んだ木片、チェス、書類エレベーターなどの小道具の使い方に意味を持たせ光るものがありました。
イリーナの顔を光で照らしたコンパクトの鏡、スマイリーが口にした銀紙で包まれた丸いパッケージのミントなんかも印象的でした。
ヨーロッパ映画にありがちの全体的に陰鬱とし空気を醸し出した映像、書類エレベーターからのカメラアングルなどがスパイ映画らしさを演出しています。
飛行場でトビー・エスタヘイスを威嚇するときに迫ってくるピーター・ギラムが乗った小型飛行機に迫力があり、追い詰められたものの心象風景としてこの映画で他にガジェットや派手なアクションがない分際立っていました。
(飛行機は実際には、遠く離れた場所を滑走していますが、超望遠レンズで撮っているので、遠近感がなくなりトビー・エスタヘイスのすぐ後ろにいるように見え、今にも捕らわれて連れ去れるような見えます。)
ソ連の国家など全体的に音楽がとてもよかったのですが、特にラストの「ラ・メール」(フリオ・イグレシアス)は、明るい曲調だけどの去来するものの切なさを強調する一方、未来への賛歌にも聞こえこの映画の締めるのにこれ程相応しい曲はないと思いました。
オジ様ばかりの中、出番は少ないものの「紅一点」女スパイ・イリーナが『007ロシアより愛をこめて』のダニエラ・ビアンキを彷彿させるような魅力がありました。
この映画、いかにもパッとしない地味なオジ様ばかり出てきますが、それぞれ食えないオジ様同士腹の探り合いをして裏切者を追い詰めていきますが、そういうサスペンス的な面白さ以上にそれらに絡まった愛憎劇みたいなものを東西冷戦やスパイの世界という背景を借りて織りなしていく過程が面白かったです。
登場人物の思惑、嫉妬、愛憎とこの映画の本質は、犯人(モグラ)捜しのスパイサスペンスというより愛を絡めた「人間劇」なのだと思いました。
東西冷戦下の中、人知れず引き裂かれた数組のカップル(男性同士も含めて)の愛も切なくて、歴史に翻弄された悲しみみたいなものもあるのかと思いました。
カリスマ性があるリーダーとして君臨していたコントロールも、早い段階で、あっけなく亡くなってしまいましたが、うらびれた晩年の私生活(妻や家族がいたけど離れて行ったのか、独身だったか?)や右腕の部下を信じきれていないとことなどスマイリーと同じ熟練した職業的な性や孤独感が滲み出て彼の人生はいったい何だったのかと思わずにはいられませんでした。
残念なところ
原作を読んでいることを前提にしたような作り方なのか2回見てもよく分からないところがありました。
ジム・プリドーが、ビル・ヘイドンを撃ったのは「愛」からなのか「憎」からなのか?
ビル・ヘイドンが東側に寝返った理由が「道徳的かつ美的であると判断して東側を選んだ。西側のありようは余りにも醜い」ということですが、何に絶望したのか。
ジム・プリドーが、殺されなかったのはビル・ヘイドンが取り持ったからなのか。だとすると、ビル・ヘイドンは、ジム・プリドーを最後まで愛していたのか。
因縁のカーラが、スマイリーに長年に渡って執着しているように見えますが、スマイリーとカーラの心情的な関係がいまいち分かりません。
主人公であるスマイリーの人物像の掘り下げ方が足りないのか、いまひとつスマイリーさんに親近感を持つことが出来ませんでした。
敵味方の区別もつかない中で生き抜きその職業的な性ゆえ、本質的に人を寄せ付けない部分があって、そういった部分から彼の抱く「孤独感」みたいなものをもう少し深く描けていたらと思いました。
妻のアンの心もつかず離れずというのもそんな彼の人に心を許せない部分を感じるからか?とも思いました。
それと裏切者のビル・ヘイドンが、重要な役どころであるのに俳優、コリン・ファースの使い方がもったいないというか描き方が足りない気がしました。
逆にジム・プリドーは、教室の侵入した鳥を叩き落すようなスパイとして非常な面がある一方、少年との交流を通して見せる人間味豊かな人柄やビル・ヘイドンやサーカスをいかに愛しているのが伝わってくるような描写があるので、プリドーを射殺した後の涙に感情流入出来ました。
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