『アシガール』
NHK連続テレビ小説『スカーレット』がよかったので、同じ、内田ゆきチーフ、中島由貴演出、冬野ユミ音楽で、俳優の伊藤健太郎、黒島結菜、イッセー尾形、本田大輔が出演している人気コミック原作(森本梢子)のドラマ『アシガール』NHKは、絶対、面白いのではないかと再再放送で見て続きは、ネットで完走しました。
結果、期待を裏切らない面白さでした。
黒島結菜演じる脚力だけが取柄の女子高生の唯が、引きこもりの弟尊が作ったタイムマシーンで、「戦国時代」にタイムスリップしてしまいます。
そこで出会った伊藤健太郎演じる若君に一目惚れをしますが、史実によれば、羽木家は戦に負けて若君も生命を落とすことになっていて…。
これは、大変と走ることしか取り柄のない唯が、女性であることを隠し足軽となって戦国時代と現代を行き来しながら若君を守るというラブコメディーです。
以下、ネタバレ注意!
二人の主人公
若君様
伊藤健太郎は、『スカーレット』や『東京ラブストーリー』では「普通オブ普通」の等身大の青年をごく自然の演技で魅了しましたが、今回の若君様は、気高くて凛々しくて、しかも優しい「王子様」そのものといった感じが健太郎君にピッタリでまた違う魅力を放っています。
若君は、若いながらも惣領としての責任感と意思の強さや人としての度量の大きさを体現してしていて、より頼もしい王子様感を出しています。
いつ命を落としてもおかしくない時代に身を置き、嫡男としての立場をわきまえて1日1日を必死に生きている若君にはどこか「達観」した雰囲気があり、平成の時代からやってきた唯にとっては、周りの同年代の男子と比べてずっと大人の男性に見えたはずです。
人生五十年の戦国時代では、元服が織田信長が13歳、伊達政宗が11歳と今の成人に比べて早かったので、現代の若者より大人だったと思います。
若君の場合も本当は、まだ18歳の青年だけど(家のため、領民のためにと)背負っているものの大きさから早く大人にならざる得なかったのだろうし、唯の周りの男の子達のように青春なんていうものもなかったと思います。
そんな達観した大人の雰囲気に加えて、見た目も麗しいので唯が、瞬時に恋に落ちたのも納得出来ます。
ロングヘアも良く似合っています。
「何も分からぬときは、全て分かる顔で何も言わぬ。見えぬときは、見えるまで黙す。むやみに騒ぐは、おろかなこと」
と平成の時代に来たときも戦国時代とのギャップに冷静沈着で騒ぐこもなく、こういう肝が据わった若君を同年代の弟、尊も尊敬の眼差しで見ています。
でも、平成の時代に来たときの若君は、戦国時代の凛とした若君そのままだったので、周りの人もその雰囲気に気圧され自然、「若君」扱いしているのが面白く、対比して若君の着ていた「肉食系」ロゴのTシャツ姿がより可愛くて萌えました。
制服もよく似合っていましたね。
唯
黒島結菜の魅力も『アシガール』では、存分に生かされていて健気で、可愛い唯にピッタリです。
手足がひょろりと細く少年のようだけど、よく見ると沖縄出身のエキゾチックで端正な顔立ちです。
その顔立ちに敢えて明日の我が身のもどうなるのか分からない戦国の世で、若君について行き愛する人を守るという決意をした唯の潔さが映えます。
健康的でキュートな黒島さんの放つ圧倒的な「存在感」は、天が与えたものであろうと思われ、ヒロインになるべくしてなったのだと思います。
ともすれば唯のような元気いっぱいのキャラは、空回りし過ぎて見ていて痛々しくなることがありますが、黒島結菜の程よい空回り具合は、そこはきっと演技の基礎があるからか健気で可愛らしく同性から見ても好感が持てました。
遠く手の届かない存在であった「王子様」の若君との距離が近くなっていく様子は、我が身を投影して嬉しくなり、若君から「唯、この忠清の妻になれ」と言われときは思わず心の中で「やったー!」と叫びました。
若君の恋
唯は、出会った瞬間に若君に恋に落ちましたが若君は、どうだったのかなあ思いました。
3話くらいまでは、唯のことをまだ「小僧」扱いでしたが、唯が、ふきに代わって姫姿で若君の閨に忍び込んだときから若君は唯のことが気になる存在になったのかと思います。
若君が戦いについて本音を洩らすと、唯も共感したところなどは、母という一番身近な女性の存在を知らない若君にとって、周りの女性達も含めて「女」とはふく(唯)のように素の感情や自分の意見を出さないという認識だったので、唯のことはかなり新鮮に映ったのだと思います。
閨という場所で「おおまきばは緑」を声高らかに歌ってしまう唯を「おもしろい(おなご)」と嬉しそうに言っていたので、唯のことを変わった子だけど、何となく好ましいという「Like」な状態だったような感じがしました。
でも、唯への思いは熟成して若君は、ふくがいるはずもない場所で呼び掛けていたので、既に恋(「Love」)の芽生えはあったのではないかとも思います。
命を張って無償の愛で猛進する唯のブレない姿に惹かれていき、過酷な時代を生きる若君は、唯の天然な部分にも癒されて唯への恋は、確信に変わっていきます。
そして、若君が現代に行って唯との会えない数か月の期間でより「好ましいおなご」と気持ちが膨らみ、兄上様に嫉妬していることでもうすっかり唯への恋心は証明されました。
会えない期間に愛育てて、嫉妬することで「恋」する気持ちが明確になっていくという恋愛ものの定石を踏んでいますね。
だからこそ、唯を平成に返すときの若君は、唯が消える瞬間にふと手を伸ばし、唯をつかみ損ねるところはもう最愛の人を失ってしまった切なさが溢れて見ているこちらも辛かったです。
本格的な時代劇?

現代劇と時代劇という時空を越える「タイムスリップ」ものは、奇想天外なドタバタものになりがちです。
特にラブコメでは。
でも、『アシガール』のようなラブコメでも土台がしっかりとしていたので、子ども騙しにならず安心して見ることが出来ました。
特に戦国時代の生活を丁寧に描いているので、時代劇のシーンも安っぽさが微塵もなく、現代シーン以外は本格的な時代劇という感じで見れました。
NHKは、大河ドラマなどの時代劇を多く制作してきたので、セットやロケ、衣装や小道具などのハード面や所作や言葉使い、殺陣、時代考証などソフト面でも資源やノウハウが充実していているだと思います。
なので、市井の生活やお城での様子、駆け巡る野山、戦場のシーンも臨場感が出て安易にならなかったのかと思いました。
恋のパワー
自分よりも大事と思える人、守りたいものに一心不乱に突き進んでいく唯の「恋のパワー」は、平成、戦国時代と周りをも巻き込んで色々な人達に影響を与えました。
人生を達観していた若君も無意味な戦いは止めようと「命の大切さ」を一番に思うようになりました。
人を信じず誰にも心を許していなかった兄上の成之を変え、尊や敵方の宗熊までも変えていったのです。
平成の高校生のときは毎日、目的もなく生きていた唯自身も守るべき人のために身を挺して前向きに行動出来るようになったのです。
愛のエネルギーは、火事場のバカ力以上になり、あちこち飛び火して人を変える炎になるのだなあと思いました。
その他
尊君
唯の弟尊は、このドラマでは結構、重要な役どころであったと思います。
尊役の子は、どこかで見たことがあると思っていたら映画『くちびるに歌を』で、自閉症の兄を持つナイーブな少年を好演していた下田翔大君だったのですね。
(映画のときも下田君の演技が、一番印象に残りキーパーソン的な感じだったような。)
尊は、唯の本心を若君に伝え、唯には若君の「一番好もしい人物」と伝えて二人のキューピット役を果たしたり、平成に戻ってきた唯を、もう戦国に行かせたくないと思いつつも若君への一途な気持ちを知り唯を送り出したりします。
そもそも、尊の発明がなければ唯が、戦国時代に行くこともなかったし若君に会うこともなかったので、やはり尊は、ドラマのキーパーソンなのです。
唯の一途な思いを応援したい気持ちと危険な戦国時代に送り出したくないというせめぎ合う心の葛藤を経て、多感な思春期のこの青年にも変化を与えたのです。
9話で、尊が学校に行けるようになったのは、唯と若君に即発されて、自分も変わろうと踏み出したのだと思います。
サントラや俳優さん
このところドラマを立て続けに見ていて、いいドラマにはいい音楽がつきものだというのが分かります。
挿入歌の「 Nothin’s enuf… ( If you ask me ) 」「 ワイルドフラワー 」(遠藤響子)は、ドラマの世界観とマッチして心地よく、『スカーレーット』でもよかった冬野ユミの劇伴もドラマを盛り上げるのに効果的でした。
『アシガール』は、脇を固める俳優さんも実力派ばかりで豪華でした。
主役の二人はもちろん、誰もが愛さずにはいられないキャラクタ-作りでこのドラマをより愛あるものにしてくれました。
しぼり菜リズム

『スカーレーット』と同じ内田P、中島演出だからだろうか。
一つ一つのシーンが大切で丁寧に作り込まれて、登場人物の誰もが愛おしいところが『スカーレーット』と似ています。
『アシガール』は見ているときは至福のときで、見終わった後は、温かい余韻が残る良質なドラマだと思いました。