尊厳のある生き方:「生きる」選択をした難病の女性と「安楽死」を選んだ女性

ポピー

ALSの女性

テレビ番組『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ)のドキュメンタリーを見ました。

主人公は、37歳の女性ミサトさん。ミサトさんが患っているのが難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)です。

ミサトさんが、体中の筋肉を自由に動かせなくなるALSの進行が進み発病から3年で手も足も動かなくなってしまいました。

食事も排泄も、生活の全てを両親とヘルパーの介護で暮らしています。

60代の両親も付ききりの介護のために生活も一変しました。現在、有効な治療法は見つかっていません。

閉じ込め状態

ALSは進行すると自発呼吸も出来なくなり、口から食べることも出来なくなります。人工呼吸器や胃瘻(いろう)の選択が必要になります。

さらに病気が進行すれば、口も目も動かせなくなり、まぶたも開けられなくなります。しかし、認識能力と精神機能は影響を受けないので、感覚と思考はそのままです。

(金縛りにあった状態を想像してしまいますが…)

そうなると意識はあっても、外界とのコミュニケーションが全く取れなくなってしまいます。

これを「閉じ込め状態」といいます。

完全な麻痺状態で喋れない、指や体を使ってのコミュニケーションが出来ない。目の動きで「文字盤」を追うことも出来なくなります。

つまり、意思はあるのに意思表示が全く出来ない のです。

暗い闇の中で、自らの思いや意思、感情を誰にも伝えることが出来ずに全てが自己完結されなくてはなりません。

たとえ、痛みや痒みがあっても誰にも訴えることが出来ず、自分で納めなくてはならないのです。

死ぬ選択も出来なくなる前に

何一つ伝えることが出来ない「閉じこめ状態」になれば、安楽死など終わりの選択も出来なくなります。死にたいのに死ぬことすら出来ないのです。

ALSの患者は、まだ意思表示が可能な「人工呼吸器」をつける段階で、人口呼吸器をつけるかつけないかを選択することになります。

つまり、人工呼吸器をつけて生き続けるか、つけることをしないで「死」を選ぶかという選択です。

実際、この病気で、呼吸器つけるタイミングで死を選ぶ人が7割いるということでした。

病気が進行してそれでも生きる選択をした場合、たとえ人工呼吸器を外すとなっても本人の意思が確認されなければ外すことも出来なくなります。

閉じこめ状態で、意思を伝えることが出来なくななれば自分で最期を選ぶことが出来なくなります。

ALSの患者は、意思表示の出来るときに生きていくかそうでないかの選択しかなく、その選択はALSの患者にとってはごく当たり前にされる選択なのです。

生きていくことを選んだミサトさん

ALSの発症から5年経ちミサトさんは、生きるか死ぬかの選択を迫られました。「人工呼吸器を付けなければ、余命3か月」と医師に宣告されたのです。

ミサトさんは、限られた時間を生き抜くために呼吸器を付けることを決断しました。

37歳のミサトさんは自分が若いということもあり、そのまま死ぬということをあまり考えられなかったようです。

いつか治るかもしれないと「生きること」に望みをかけたのです。

生きる選択を選んだ彼女は、病に屈せず、お世話になった人に会うため、呼吸器を付けて飛行機に乗り沖縄へ行き、ALSという病気を世の中に知ってもらうために精力的に全国を動き回ります。

発病から8年が経ち、顔の筋肉も動かせなくなってミサトさんは表情を失いました。

食べることが大好きで、それが喜びだったミサトさんに胃瘻が造設されまれした。

表情を変える、動く、話す、自力で意思疎通をすることが出来ませんが、眼球を上下に動かすことと、瞬きは出来たので文字盤を使ったコミュニケーションは出来ました。

しかし、コミュニケーションの唯一の手段となった文字盤も徐々に読めなくなってきました。8年前までは、好きな仕事でバリバリに働き充実した日々を過ごしていたのに。

それでも、いつか治ることを信じて生きる道を選び、好きなグループのコンサートなど積極的に外出しています。

安楽死を選んだ女性

水色

一方、人工呼吸器をつけるまえに「安楽死」を選択した女性がいます。

先日、NHKのドキュメンタリー番組で安楽死を選んだ女性を特集していました。

この女性も重い神経難病MSAを患っていて、介護が必要です。

ミサトさんと同じように病気が進行すれば人工呼吸器や胃瘻が必要になり、やがて自分の意思も表示出来なくなり死に向かいます。

女性はまだ自分で動けて、喋ることが出来、自分の意志をしっかり主張出来る段階で安楽死を選びました。

その段階で、安楽死を選んだのは「自分が自分らしくいられる」うちに自分で死を選びたいということでした。

自分が自分らしくなくってしまうことで、生きる意味がなくなってしまうと考えたのです。

自分で、死を選べることは、「自分はどう生きていくか」ということを選べることと同じくらい大切なことだと彼女は言っていました。

現在、安楽死は、日本では認められていません。

安楽死が合法化されているスイスで、安楽死を選びましたが、スイスまで行ける体力があるうちにというのもあったようです。

彼女は、自分が辛いこと以外に家族に自分の介護をさせるのが辛いと言います。

世話をして貰ってること、周囲の負担になってるという負い目で自殺を何回か試みています。でも、筋力の衰えで未遂に終わっています。

生きてるのに何も出来ない、自分が自分らしくなくなってしまうのは絶望しかない。

女性は、自分で、死を選択出来なくなる前に家族に看取られながら旅立ちました。

「人間は、いつ死んでも、今じゃないって思うもの」と自分が自分でいられるうちに安楽死を選んだ彼女の言葉が印象的でした。

心の自由までは奪えない

積極的に生きることを選んだミサトさんも生きるか死ぬか真剣に考えた末の決断だったと思います。

当人や家族が、限られた時間の中で泣いて悩んで選んだのだと思います。

ミサトさんが、生きることに希望を見出したのは、両親やヘルパー、友人、ALSの仲間達の存在もあったと思います。

特に両親はどんなときでもミサトさんに寄り添って、彼女を支え続けていることは生きる上で大きな力となっていると思います。

「どんな病気も心の自由までは奪えない」というミサトさんと同じ病気の先輩の言葉も心の支えになっています。

ALSという辛い病でも「幸せ」と感じる「心」までは奪えないというものです。

日々、気持ちも変化していきます。呼吸器をつけたときにはまだ生きたいって思っていても、その意思を一生持ち続けるかどうかどうか本人にも分かりません。

でも、絶望の淵に立たされても「幸せ」の瞬間を大切にして生きていくことで、生きる事をあきらめないでいられるのでではないかと思います。

しぼり菜リズム

生きる

いつか治ることを信じて「生きる」ことを選び、積極的に生を謳歌しているミサトさん。「私が私でなくなる前に自分で決めたい」って言って安楽死を選んだ女性。

ともに聡明で強い二人の女性が、自ら選択した人生です。

どちらも正解や答えはありませんが、それぞれ、本人の「尊厳」を最大限尊重した究極の自己決定だった思います。

 

 

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2017年現在57才 50代になって体に色々な変化が起きました。 アレルギー、腰痛、変形性膝関節症、脂漏性皮膚炎、手湿疹、眼精疲労、胃腸の不快感、開帳足等々一気に吹き出しました。 このほかに病気以前、未病のものもあるので 自分の体を見つめ直した生活を考えています。 健康、医療、病気、楽しいことも含めた日常生活を綴っていきたいと思います。 認定医療コーディネーター、ホームヘルパー びわの葉療法インストラクターの資格保有