ある大往生
ちょうど父が亡くなった直後だったので、食い入るように見たのが2月に放映された『NHKスペシャル大往生』です。
在宅医療のために往診を続ける医師と患者と家族の関わりを取り上げた番組です。
訪問医療に関わるのが、森鴎外のお孫さんの80歳の小堀鷗一郎医師です。患者と同年代のこの医師が終末期の医療を支えていました。
老々介護や看取りなど何組かの患者と家族を紹介していましたが中でも印象に残っていたのが、余命数ヶ月の末期がんの父親を一人で支える全盲の娘さんの姿と父子の様子です。
全盲の娘の介護
小堀医師の担当のある親子の在宅での介護の様子が、記憶に残りました。
お父さんは、会社に勤めながら全盲の娘さんを見守りながら育てました。お父さんは、病に倒れたお母さんと娘さんの世話を一人でしながら数年前に在宅でお母さんを看取りました。
その後、お父さんの病気が発覚します。
末期の肺がんで、そのお父さんの介護を全盲の娘さんが在宅で担うようになります。
今までは、全盲の娘を不憫に思いずっと食事などを作って世話をしてきましたが、今度は、自分が寝たきりになったので娘さんに世話をしてもらわなければならなくなりました。
でも、娘さんは親戚の方々の助けを借りながら、献身的にお父さんの介護をします。娘さんは親戚の人に料理の仕方を教えてもらい、何とか出来るようになりました。
娘さんはお父さんのために自分ひとりで調理に挑戦し、うどんを作り父に食べさました。
お父さんは、娘さんが作った料理を美味しいと言って食べていましたが、体が弱っていきそのうどんも食べられなくなってきました。
死期が、近くなったのです。
遂に盲目の娘に介護される父は、食べることも出来なくなり点滴もせずに最期を迎えます。
理想的な死
末期がんのお父さんの最期を迎えるにあたり家族や親戚が、続々と集まり皆が声を掛けて手を握ります。
訪問医の小堀医師も延命治療をせずただ見守っています。
小堀医師は、全盲の娘さんにお父さんの喉に手を当させ、「呼吸が、これでわかるでしょう」と教えます。
娘さんが、お父さんの手を握りながら呼吸を確認します。呼吸の間隔が徐々に長くなりやがて、呼吸がなくなります。
「今、呼吸が止まりました」と父の反応がなくなったのを察知して、小堀医師を呼びます。父を触って冷たくなったら、呼びなさいとの医師の指示でした。
姉や妹や甥姪など身内の方が集まった中で、娘さんに看取られてお父さんは静かに亡くなりました。
父の手を握って最期を看取ったのは、全盲の娘さんです。
娘さんの介護によって、自然に衰えて亡くなったのです。
家族、親戚が中心になり皆でお父さんに寄り添った理想的な往生でした。
1月に亡くなった私の父は病院で、家族が到着する前に息を引き取りました。父の最期を家族の誰も看取ることが出来ず、たった一人で逝ってしまいました。
私の父も大往生だったと思いますが、やはりこのお父さんのように最愛の家族に看取られながら旅立つことが出来たらよかったのだと思いました。
最後にその人の生き様が出る
『NHKスペシャル大往生』では、お父さんが寝たきりになっても娘さんを心配する様子が、声にはしないけれどひしひしと伝わってきました。
娘の父を思う献身的な介護も両親が、愛情を惜しみなく注いだ「証」だと思いました。
亡くなる寸前に親戚など身内があっという間にお父さんを囲み、その中で穏やかな最期を迎えることが出来たのも今までのお父さんの身内への接し方があったからだと思います。
父と子、親戚などの相互の関係がとてもいい形で保たれていたのが、最高の終い方に繋がったのかと思いました。
人は皆、それぞれの最期があると思いますが、人生の終い方こそその人の生き様が出るかもしれません。
死は、日常の延長
画面を通して、娘さんの温かく優しい声の響に癒されたましたが、テレビでは小堀医師とこんなやり取りがありました。
お父さんが「毛布を取って欲しい」という願いを娘さんは、ベットを移動しなくてはならないのでお父さんの前で泣いて断ります。「出来ない」と。
それを娘さんは、悔やみます。
そんな娘さんに対して、小堀医師は、声を掛けます。
「綺麗ごとじゃないから人生は。怒鳴り合い喧嘩もする。泣いたり笑ったりするのが、自然なこと」
「普通通りのことをやっていればいいのだよ。改まって、お父さん有難うございましたなんて言う方がよほど可笑しいよ。」
「自然な形で終わるのが、一番。いつも通りの終わり方をしたということだから」
命の灯りが消えていくお父さんを前で取り乱した娘さんに掛けた言葉は、患者や家族に寄り添ったもので、「人の死」が日常から切り離された特別なものではなく、日常の延長なのだと思いました。
しぼり菜リズム
父のときもそうでしたが人生の最期を自宅でという理想がありながら、叶えられない現実があります。
番組では、患者とその家族と向き合い、その人と家族にとって一番よい看とりをサポートする姿が写し出され、その死にそっと寄り添う老医師の姿がありました。
番組の自然な終い方をすることが出来たのは、家族や身内、そして医療従事者の支えもあったからかと思いました。